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2008年10月

試練

なんとなく、テンションが低いまま、それでもメールの文面では
なるべく悟られないように明るく装ったつもりだったけれど、
犀川君は敏感に何かを感じ取って不安になっていたらしい。
私の方はすっかり疲れてしまって、昼すぎまで寝ていて
目覚めたら、早朝に犀川君がおはようメールをくれていた事に気づき
おはようとはとても言えない時間に、おはようメールの返事を送った。
すると、すぐさま犀川君から返事がやってきて、
「よかった、寝てただけなんだ」と安堵した様子だった。
「どうしたの?」と言うと、「ずっと返事がなかったから、
何かあったのか、嫌われたのか、どっちかと思って心配した」と言う。
仕事だと言っていたのを思い出し、「仕事がんばってね」と書いて
送ると、「ありがとう。これで安心して出かけられる」と返事がきた。

私の方は、今日はあまり考えすぎず、ぼうっと過ごそうと決め込んで
そのままメールには返事を出さず、家で本を読んで過ごしていた。
すると、1時間ほどしてから、犀川君からメールが来て、
「結局、仕事に行かずに茫然としてしまいました…」と言う。
どうしたのかな、と思いつつ、「では、ゆっくり休んで下さい」と
返したら、「僕、嫌われましたかね? 何かあれば言ってくれると
嬉しいんですけど」と返ってきた。きっと私の返事がそっけないと
感じて不安になったのだろう。メールのやりとりだけだと、
どうしたってこうやって不安になる。だけど、それを望んだのは
君なんじゃないか?…と思わずにはいられない。
どうやって返事をしようかと迷っていたら、時間だけが流れていった。
するとまたしばらくしてから、犀川君から長文メールがきた。
要は、どうやら私が気分を害してしまったようだというのは
分かるけど、その理由が明確に分からない。だから、その理由を
聞きたいというのと、私の気持ちが覚めてしまったのではないかと
とても不安だけど、僕の気持ちは一向に変わらないというのを
とにかく伝えたい、ということだった。
一所懸命な気持ちが伝わってきたので、私も正直に不満をぶつける
ことにした。

私が時々、不安定になる理由として、一つだけ犀川君の事で理解に
苦しんでいるところがあります。
犀川君が現在、仕事がとても忙しいこと、そして犀川君にとって
一人の時間がとても重要であること、これらについて私は理解し
ているつもりです。でも、平日にそんなに時間がとれないならば
たとえば今日みたいに、休日にぽっかり空いた時間ができれば、
それを調整して二人の時間を作るというのが普通だと思うんだけど
犀川君は、それをしないよね。それでいて、時間がないけど会いた
いと言う。ん?って私には思えてしまう。本当に会いたいの?って。
それとも休日に会うのは負担かな?
犀川君はメールで甘い言葉を掛け合っていれば満足かもしれないけど
私はそれではやっぱり不満です。言葉だけだと実体を感じられず
相手の体温を感じてないと私は不安になります。だから、私なら
時間を作る。でも、それは私の考えであって、押し付けるつもりは
ないです。とはいえ、この考え方の相違について、私が今、躊躇っ
ているというのは事実です。だからといって、この躊躇いが、
嫌いになったということを意味しているわけではないのだけれど…。

犀川君は、すぐに「そう言われたからという訳じゃないけど、
明日、もし時間があれば会ってくれませんか?」とメールを寄越した。
嬉しかったけど、なんだか、無理矢理、誘導したみたいで、気持ちの
座りが悪い。それに、今度ここで、犀川君に無理をさせたら、単に
無理をする立場が入れ替わるだけで、意味がない。会うならば、
犀川君が私の気持ちに、少しでも共感してくれていないとダメだ。

「明日会いたいから言ったんじゃないよ。犀川君の考え方について
聞きたかったから言ったんだよ」と返した。
「会いたいというのは、いつでも本当です。負担でもないです。
言い辛かったと思いますが、言ってくれて本当に嬉しい」と犀川君。
「それはよかったです」と返すと、とにかく会いたいと返ってきた。
無理にいいと何度も断ったが、どうしてもと粘る犀川君。
すぐに「そうですか」と引き下がると思ったのに、今回ばかりは
私がうんと言うまで絶対に引かないぞ、という決意が感じられた。
正直、あまり気が進まなかった。なんだか照れ臭いのもあった。
でも、ここであまり意地を張っているのも、大人げない。
最後は根負けする形で、「じゃあ、何時にどこに行けばいい?」と
聞くと、「よかった。じゃあ、海を見に行きましょう」となり、
翌日、海に近い駅の改札口で朝10時に待ち合わせた。

翌日、やっぱり気持ちはいまひとつ乗っておらず、
気まずいな〜と思いながら約束の場所へ向かった。
一足早く来ていた犀川君が、改札のところで待っており、
気づいて目が合うと、笑いながら手を振っていた。
見れば、髪を切って、少年のようになっていた。
「髪切ったんだ、かわいいね」と言うと、照れ笑いしていた。
その顔を見たら、何だかわだかりまりが、一気に消えた。
一方、犀川君はしばらく不安げに私の顔を何度も覗き込み、
「どうしたの?」と声を掛けると、何でもないと言って笑った。

海へ行って、二人で岩場に腰をかけて、手をつなぎながら
ぼうっとしていると、犀川君が「安心したら眠くなった」と
ぼそりと言った。「何に安心したの?」と聞くと、
「ミサトさん、笑っててよかったなと思って」と言うので
「なんだそりゃ」と笑うと、「昨日、すごく心配でさ」と言う。
「仕事に行こうと思って、仕事の格好してさ、家の鍵かけたんだ。
でも、どうしても気力がわかなくて。ミサトさんからのメールが
気になっちゃって、何も手につかなくてさ。ミサトさんのメールは
素っ気ないし、なんか嫌われたのかと思ったら不安で仕方なくて。
ようやく会ってくれると言われても、夜、心配で寝れなかったんだ」
力なく笑う犀川君が、とっても切なそうな目でこちらを見る。
「そっか、そんなに心配だったんだ」と言うと、こくりと頷いた。
「だから、今日会えて、本当に嬉しいし、ほっとした」と言って
犀川君が急に抱き締めてきた。ちょっと肌寒かったのであったかい。
「私も会うまで何だか気が引けていたんだけど、顔見たら消えた。
やっぱり、こうやって会って、体温感じた方が早いと思わない?」
そう聞くと、犀川君は「うん、思う」と言ってキスをしてきた。
不器用で、奥手の犀川君にしたら上出来だ。

犀川君は夕方に用事があるというので、昼すぎに駅に向かった。
駅のベンチで手をつないでぼやっとしていたら、犀川君が
「また来週会おうっか」と笑った。「いいよ、そんな無理しないで」
そう答えると、「無理じゃないよ。会いたいんだよ」と言う。
「ミサトさんが言ってくれたおかげで、なんか吹っ切れた」と
犀川君は言う。本当に無理をさせていないのだろうか。
ちょっと心配にはなるけれど、自分勝手な私は嬉しさが勝ってしまう。

犀川君は帰り際、海にお茶のペットボトルを置き忘れた事に気づいて
自分で驚いていた。「僕、忘れ物ってほとんどしたことないのに
ショックだなあ」と笑う。「海で何してたんですか?」と笑うと
「つい、我を忘れていたんでしょう」と犀川君も笑う。
「我を忘れるほど何をしてたんですか?」とさらに突っ込むと
「キスですよー!」とまたもや脇腹をくすぐられた。
これだけ戯れ合えるならば、もう大丈夫だ、多分、しばらくは。

別れた後に、「これでまた二人の距離が近くなった気がする」と
メールすると、「僕もそう思う。言ってくれてよかった」と
犀川君から返事がきた。

素直になるのは難しい。本音をどこまでぶつけていいものか
毎度躊躇ってしまう。でも、これまで本音をぶつけず我慢して
いい結果に結びついたことは皆無だ。今回は極力素直になろうと
決意したのだから…そう思っても、今回だって言うまでに多少の
時間を要してしまったし、言うまでの間、私の情緒は乱れ、その
影響で犀川君まで極度の不安に陥れてしまった。
こうしたことが今後もないとは言えないだろう。
次回も、二人の距離を近づける試練だったと、最後に笑えれば
いいけれど…どうなることやら。

ただ、今回一つのことを発見。
相手が年下だと、思いのほか、私は素直になれるらしい。
そして、相手が年下のほうが、思いのほか、甘えられるらしい。
これは実に驚きの発見だ。私のこれまでの思い込みを見事に
裏切る結果だからだ。いやはや、食わず嫌いはいかんもんだ(笑)

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かけがえのない人

あれから…
私も犀川君も気持ちがより高まり、メールでは連日
甘い言葉をささやき合い、会いたい、会いたいと繰り返していた。
相変わらず、仕事が多忙だと犀川君はゆっくり時間がとれず、
昨日は夜にちょっとだけ、と言って、いつものカフェで
小一時間ほどお茶をして別れた。
その夜、メールで、明日も会いたいと話していた犀川君は、
今日の夕方になって再び、会いたいと言い出して、
再び、いつものカフェで落ち合った。
金曜日だというのに、相変わらずゆっくり時間は作れないらしい。

後からやってきた犀川君は、嬉しそうに封筒の中から
自慢の風景写真を取り出して見せてくれた。
趣味で長年撮り続けているだけあって、
なかなかの腕前だということが素人の私にも分かるほど。
仕事帰りにふらりと鉄道の写真を撮りに行ったり、
休日、ふらりとカメラ片手に出かけて撮影したりするのだそうだ。

嬉しそうに写真の話をしている彼はそれでも
とても疲れた表情をしていた。
「今日も何だかすごく忙しくてさ」とため息まじりに言う。
「やっぱり金曜日は(疲れがたまって)ダメだな」と言うので
「私は翌日休みだと思うと、金曜日は精神的に楽だけど」と言うと
「だって、明日は休みじゃないもん。午後から仕事」と犀川君。
ところが「え〜、仕事なのか〜、かわいそうに」と同情したら、
「いや、でも1時間くらいで終わるんだ」と言う。
「その後は、都内をぶらぶらしに行くんだ」と嬉しそうに言う。
休日の午後、都内をあてもなく歩くのが好きなんだそうだ。

…だけど。
一瞬、その台詞を聞いて、私は凍り付いてしまった。
え? 1時間仕事して、後は都内を散歩?
むちゃくちゃ忙しいんじゃなかったっけ?
なんだ、結局、自分一人の時間の確保が最優先なんじゃん。
それでいて、会いたいけど、会う時間がない???
この奇妙な矛盾を彼はどういう精神で受け止めているんだろう?
私にはさっぱり理解できないんだけど。

こんな思いが瞬時に頭を駆け巡り、笑顔が引きつっているのが
自分でもみじめなほど分かった。が、どうすることもできない。
「へえ〜、そうなんだ」と、引きつった顔で笑って答えると
犀川君は、「いや、仕事だよ、明日は」と
まるで言い訳でもしているように言っていた。
「ですよね」と、私もどこか上の空で答えた。

休みがあるたびに会ってくれとは言わないけれど
平日だって、仕事後にゆっくり会う時間がとれないならば
互いで調整して休日に会うしかないじゃないか。
毎度毎度、カフェで小一時間、顔を合わせるだけで
「密会みたいだ」と喜べる犀川君はいいけれど
私はたまには、うまい肴とうまい酒を飲んで
ほろ酔い気分で浮かれたいのだ。
まあ…、犀川君はそもそも大して飲まないけれど。

そろそろ職場に戻るという犀川君が、カフェの階段を降りる時
脇腹を手でついて、ちょっかいを出してきたのだが
思わず、「私に触らないで」と真顔で言ってしまった。
犀川君は一瞬ひるんで、苦笑しながら「哀しいな」と言っていた。
内心、哀しいの私の方だと叫んでも、言葉にはならない。

別れて夜道を早足で歩いていたら、急速に覚めていく。
思わず、「ばかばかしい」とつぶやきながら歩く。
犀川君は所詮、一人の世界が一番大切なのだ。
分かっていたはずじゃないか。

少々腹立たしい思いでいたら、犀川君からメール。
「会えて幸せな気分になれた。ありがとう。大好き」だと言う。
どこまでも鈍感で、どこまでもノーテンキだな。
気分がのっている私なら、迷わず「私も大好き」と返すだろうが
どうしても、「大好き」という言葉を使うことに抵抗があった。
「こちらこそ、ありがとう」という返事にとどめていたら、
「気分害した?」と犀川君。
「いや、なんで?」と聞くと、メールに元気がないからと言う。
そりゃそうだ、事実、元気がないのだから。
すると犀川君が「ミサトさんは僕にとって、かけがえのない人
です。大好きです。また会ってください」と言ってきた。
思わず、携帯から目を離して、強く目を瞑る。
何だか、どうしようもなく、いたたまれない気持ちになった。

きっと、一人の世界が最優先の犀川君は、
以前指摘した通り、メールで愛をささやき合うのが好きなのだ。
そこに実体は別にあろうがなかろうが、大差ない。
本人はそんなことないと言うだろうが、
私から見れば、大差ない。私である必要なんてなさそうだ。
なのに、かけがえのない人だと言うのだから、摩訶不思議。
分からない、全然分からない。

ありがとうと返事をしたら、すぐに
「僕もミサトさんにとって、そういう存在になりたいです」と
けなげにも犀川君は返信してきた。
「そういう存在ですよ」と無表情でメールを打って返信した。
その無表情を隠すつもりで、文末には絵文字まで入れたが
私のこの複雑微妙な気持ちを隠すことができただろうか。
笑顔の顔文字を入れるだけで、どんなにこちらの顔が
ひきつっていようが、気持ちが覚め(冷め)始めていようが
メールの文面からは分からない。あくまでも、受け手は
メールの文言から相手の気持ちを推測することしかできない。
犀川君は、笑顔の顔文字とともに、「ありがとう」という
単語から相手の気持ちを察するよりほかないのだ。

そして、犀川君は「ありがとう」「大好き」を連発。
私の方は、気持ちがドン引きしながらも、
犀川君に合わせる形で、同じような言葉と笑顔の顔文字を
随所に挿入して返信した。これでいいのだ。
明日になったら、今よりも少しは落ち着くだろう。
落ち着けば、たとえ一人の世界を最優先していても
それでも犀川君が好きだと思えるようになるだろう。

だけど、今日ほど、彼の「大好き」という言葉が
嘘っぽく聞こえたことはない。
かけがえのない人か…。それでも私という存在は
未だ彼一人の世界に勝っていないという事だけは事実。

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無垢な甘え

「今日中止になったみたいだよ」とは上司。
「はあ?」と聞くと、なんでもハヤテの体調が悪く、ミーティングに欠席すると上司のところに昨日連絡があったらしく、ハヤテと彼の後輩とで、日程を再調整してね、と言ったまま、話がうやむやになって、ミーティング当日を迎えたという。
「なったみたいじゃなくて、中止にするんですね?」と確認すると、「○○さん(=ハヤテ)が来れないと意味ないからな〜」と上司がぼやっと答えるのに苛立ち、「いいです、中止の連絡をメーリングリストで流しますから」とぴしゃり。まったく、どいつもこいつも、はっきり決断しない男ばかりだ!

そもそも、ハヤテはハヤテで、私の上司にSkypeで休むかも〜と、適当なことを言うのではなく、メーリングリストに欠席します、と投げれば話は済んだのだ。上司は上司で、その場で判断して、ハヤテが欠席ならミーティングを延期しましょう、日程再調整お願いしますと投げれば、これまた済んだ話なのだ。何の為の情報共有メーリングリストなのだ!(怒)

怒りに満ち満ちて、延期と日程再調整をお願いするメールをメンバーに投げた。「○○さん(=ハヤテ)に日程再調整をお願いしても無駄なので、△△さん(=ハヤテの後輩)、申し訳ないですけど、再調整お願いします」と書き添えた。これくらい言ってやらないと目が覚めないのだ。

すると、メール配信後、すぐにSkypeで話しかけてきたハヤテ。
「ここ2日、会社休んでたんだ」と言う。
「あんな生活してりゃ、風邪も悪化するわい」と私。
mixiの日記によれば、超無謀な徹夜を繰り返していた。
「今、会社に来たんだけど、すまん」とハヤテ。
「はあ?出社しただと?何してるんだ、今すぐ帰れ!」と私。
「うーん、でもなー」と煮え切らないハヤテに「そんなんだから、いつまで経っても治らないだ」と言い放つと、力なく「そうだね」とぼそり。あまりにも弱々しいので、さすがにかわいそうになり、「あのさ、だから、とにかく早く帰って、ちゃんと治さなきゃだめだよ。ミーティングは来週でいいから、ね」と言うと、「うん、わかった。すまん」と元気がない。

それにしても…、どうしてこんなにハヤテはいい加減なんだ。
風邪をひくのは仕方ないとしても、そもそも、生活がいい加減すぎる。それを律することはなく、弱るとすぐに甘えてくる。何でも許してくれると未だ思っている。この無垢なまでの信頼(?)はなんだろう?? ハヤテに恋い焦がれている時は、そんないい加減なところも素敵に見えていたけれど、こうしてちょっと距離をおくと、時々、無性に腹が立ってきて、しまいには飽きれてしまい、最後は同情してしまう。おいおい…いつまでそんな事やってるつもり? いつまで助けてくれると思ってるわけ?と。

私の心はすっかり犀川君に奪われてしまって、すっかりハヤテは色あせた。そのせいで、これまで何でも甘えさせていた私の対応も、少しずつだけど確実に変化しているはずだ。はっきり、恋人が出来たよと、ハヤテには言った方がいいのかもしれないなあ。

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54日目のキス

犀川君と見頃を迎えた箱根・仙石原のススキを見に行った。
思えば、二人きりでちょっとした旅に出るのは初めてのこと。
日帰りではあるけれど、目一杯楽しもうと朝9時に小田原で待ち合わせ。
「おはようございます」と笑顔で現れた犀川君は、寝ぼけた顔をしていた。
それでも、ホームに滑り込んできたロマンスカーを見るなり、
すぐさまホームにいた駅員さんから指定席券を購入する当たりは
さすがに「鉄っちゃん」なんだけあって、行動が機敏だ。
「ミサトさん、ロマンスカー好きだって言っていたし、
短い時間だけど、乗るとちょっと旅気分が高まるでしょ」と犀川君。
二人で並んで座ると、窓から燦々と太陽の光が。
「なんか、縁側でひなたぼっこしているみたいにあったかいね〜」と
言うと、「気持ちよくて寝ちゃいそう」と犀川君があくびする。
箱根湯本駅に着くと、今度は登山鉄道に乗り込んで宮の下を目指し、
目的の日帰り温泉施設へ向かった。一日100人の入場制限をしている
施設だったため急いで訪れたが、早すぎたのかガラガラだった(笑)。
それでも、空いた露天風呂は実に気持ちがよく、ゆっくり堪能できた。
天気予報は曇りだったけれど、空を見上げれば青空が広がり、
木々からは野鳥の鳴き声が聞こえ、どこからか川のせせらぎが聞こえてくる。
犀川君は「エセ科学だ」と笑いながら「マイナスイオンがすごい」と嬉しそう。
風呂上がりは、個室をとって、2人でゆっくり寝転がりながら休んだ。

私も犀川君もカフェとか喫茶店が大好きなので、街を散策して
小洒落たカフェを見つけて入った。
こういう時、カフェがおしゃれであればあるほど、犀川君は
「洒落臭い!」と笑いながら文句を言う。大好きなのに、照れくさいから
こうして文句を一言言わずにはいられない。「いいの、素敵だから」と
私がすたすたと店の中に入っていくと、嬉しそうについてきて
「嫌いな訳じゃないですからね」と言い訳を言う。
「知ってるよ、照れ隠しでしょ」と鼻を鳴らして言うと
照れ笑いしながら、私の腰の当たりに手を突いて、くすぐってくる。
最近、犀川君は照れ隠しをする時に、こうやってじゃれてくる。
これがかわいい。かわいいから、つい照れるだろうなという事を言う。

何だか暑かったので、アイスティーを頼んだら、
「身体が冷えるよ」と犀川君が心配する。
だから、犀川君が注文したコーヒーを横取りして飲むと、
「これ、もうちょっと苦い方がいいな」と言うので
「私はアメリカンが好きだから、これくらいがいい」と言うと
「僕は思い切り濃くて苦いのが好き」と言う。

切り立った山の中腹に立つそのカフェは、大きめのウッドデッキの
バルコニーが気持ちよく、「ここに住みたいなあ」と私。
すると犀川君が「素敵だけど、買い物とか大変だよ」と言う。
「いいじゃん、まとめ買いしに行けば」と返すと
「そうだけどさ〜。でもいいね、ここから会社に通うのもいいかな」と
不思議なことに、犀川君は一緒に住む気満々なのだ(笑)。
「僕の家は海の近くでいいねって、よく言われるんだけどね、
海の近くって洗濯物がカラッと乾かないんだよ。
だから僕、洗濯物が乾くかどうかと、買い物に不便じゃないかとうか
それが凄く気になるんだよね」と笑う。
「なんか、主婦みたいな心配だねえ」と私も笑うと
また、脇腹を突いてくすぐられた。

その後、ロープウエイに乗り込んだ。
実は犀川君は高所があまり得意ではない。
出来れば乗りたくないのを、私が無理矢理連れて行ったのだ。
手をつなぎ、「これで怖くないっしょ?」と聞くと
笑って「別に怖くないよ」と強がっている犀川君。
「ふーん、じゃ、手離すよ」と返すと、
「意地悪だなー」とまた脇腹を突かれた。
何だか無性にいじめて遊びたくなるのだ。

桃源台に着き、バスに乗り込んで、仙石原へ向かう。
すっかり夕方になっていて、高原についた時にはかなり寒くなっていた。
夕日を受けて、何千本ものススキが黄金色に輝く。
犀川君は上着を持って来なかったので寒い寒いと連呼して私の手を握っている。
ススキの中をしばらく歩くと、ちょとと開けた場所に出た。
観光客やアマチュアカメラマンが大勢、カメラを構えていた。
その中で、おばちゃんたちの一行が果敢にもススキの中にかき分けて
進んでいく姿が目に入ると、犀川君が「行ってみよう」と歩き出した。
おばちゃんたちは、ずんすんと勢いよく進んでいって
すぐさま見えなくなってしまった。時々、遠くから声だけが聞こえる。
「おばちゃん、元気だな〜」と犀川君が笑って、
追いかけるのを諦めてその場に急に止まったので、
後ろから手を引かれていた私はふいに犀川君にぶつかった。
見上げたら、思わず犀川君と目が合ってしまう。
しばし見つめ合っていたら、何だか堪え難い気持ちになってきた。
犀川君は奥手で、決して自分から仕掛けてくるようなことはしない。
温泉の部屋でも、いちゃついても、何もなかった。
私が踏み込まないと、この人は一生踏み込まないだろう。
えーい!と思って、犀川君に抱きつき、キスをした。
犀川君は最初こそ物凄く照れていたけれど、
一度キスをしたら気が楽になったのか、
その後は、犀川君の方からキスをしてきた。

どうやら、一歩、私たちは踏み込んだみたいだ。
やれやれ、こんな男の子は初めてだ。
しかし、もしも年上や同級で、これほど奥手なら嫌気もさしそうだが
さすがにこんなに年が離れていると、仕方ないな〜とかわいく思えて
ついつい、私が何とかしてあげなくちゃという気にさせられる。
きっと、犀川君にしてみれば、そういう女の方が
安心して付き合えるに違いない。
こうやって、一歩一歩、歩みを丁寧に進めていくなんて付き合い方は
初めてのことなので、何とも新鮮で、返ってドキドキしてしまう。

その後、バスに乗り込んで、箱根湯本を目指した。
日曜日の夕方の箱根は、予想通り、物凄い渋滞。
バスの中でうたた寝したり、くすぐって遊んだり、手をつないで
いちゃついたりしていたら、犀川君がこのまま小田原まで行こうと
言い出した。1時間以上もバスに揺られて小田原へ着くと
すっかり夜になっていた。甘いもの好きの犀川君のために
喫茶店に入って、ケーキを食べながら次の旅の予定を立てた。
次は、雪を見に行こうと決めて、お別れした。

翌朝、犀川君が「昨日のことを思い出すな〜」と言うので
「何を思い出しているの?」と意地悪な質問をしてみた。
すると、「そりゃ〜仙石原とかバスの中とか…」と照れていた。
そりゃ〜、私だって思い出す。
これでますます、離れがたくなることだろう。困った困った。

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こそばゆい

先日、目覚めたら、視界がグルグル回って、目眩がひどい。
なんだこりゃ?と思って、しばらく目を瞑り、安静にするも
グルグルは一向に去らない。困った、これじゃあ、出勤は無理だ。
ちょうど決まった予定は入ってなかったので、会社を休んだ。

犀川君からおはようメールが来たので、今日は休むと返信した。
犀川君は大いに心配してしまって、とにかく安静にしろと言う。
事実、安静にしていないと気持ち悪かったので、
その日はご飯を食べる時以外は、ずっと横になり、うとうとしていた。

夜中になってようやくすっきりして、メールをチェックしたら
なんと犀川君から何通もの心配メールが届いていた。
ずっと携帯を放置して、うつらうつらしていたので気づかなかった。
どのメールも、体調を気遣いつつ、愛情がふれている。

なるほど、恋人がいるというのは、体調を崩した時に
こんなにもじんわりと、染み入るものなんだなあ、と実感。
ここ3年はずっとハヤテに片思いしていて、こんな思いとは無縁だったし
その前は、世間様に顔向けできるような恋は少なかったし、
思えば、こういう、ある意味、普通で、ある意味、健全な恋は
もしかしたら初めてと言えるかもしれない。
安定なんてケッ!…と思い続けてきたけれど、
こういうあったかい恋ってのも、いいもんだなと思った。
私もやっぱり年なのかなあ〜(苦笑)
近頃は、犀川君がくれる、ほんわか温かい安定が愛おしく思えてきた。

午前1時すぎに、返事しなくてごめんねとメールをすると
「お待ちしておりました!(笑」と返事がきた。
よかった、連絡がないから悪化しちゃったんじゃなかと思って
心配してたんです、と言う。私が逆の立場なら、
さぞやイライラして返事を待っていたことだろう…(苦笑)

翌日、出社すると、夕方に犀川君がちょっとしか時間がないけど
私の帰り際に時間を作るから会おうと連絡があった。
指定された喫茶店に先に行って待っていたら
運悪く携帯が圏外…ガ〜ン。
あいにくその喫茶店は3階まであって、どこに座っているのかを
知らせたいのだが、いかんともしがたい。
席を移動しようと思って、立ち上がり、階段へ向かおうとしたら
ちょうどレジのところで注文をしている犀川君を見かけた。
思わず、「あっ」と言うと、犀川君が少し驚いた顔をして振り返り、
「あ、来てたんだ」とすぐに笑顔になった。

すっかり涼しくなったので、犀川君はシャツの上にニットベストを
着ていて、何だか上品な坊ちゃん風で、いつもに増してかわいい。
思わず、にやにやしながら眺めていたら、犀川君がじーっと
まじめな目つきで見つめてくるので、どうした?と聞くと
「いや、本当に大丈夫かな、と思って」と言う。
「本当に大丈夫だよ」と笑うと、
「うん、安心した。メールだけだと心配で顔見たかった」と言う。
それからしばらくおしゃべりをして、仕事が残っている犀川君を
送り出して、私は帰路についた。

心配されるなんてこと、慣れていないからこそばゆい。
大したことでもないのに、心配してくれるとこそばゆい。
それでも、悪い気はしない。いやむしろ、じわりと幸せ。
みんな、こんなに幸せだったのかあ〜と、今更ながら驚く。
幸せだな〜と思う反面、いつか終わると思うと、やっぱり怖くなる。
あんまり好きになると…と思ったところで今更止まらない。

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サイコー?

紅葉を見に行く約束をして、そのルートを任せると言うので
ネットであれこれ調べて、当日のアクションプラン案をまとめた。
それを犀川君に知らせる際に、温泉に立ち寄りたいという彼の希望を
実現すべく、日帰り温泉リストを作って、それも送った。
中から行ってみたいと思う施設を選んでもらうためだ。

私個人的には、高級日帰り温泉施設と銘打ったところがいいなと思い
★を3つ付けておいた。すると、犀川君もここがいいなと言う。
なんでも、その施設のホームページを見たら、個室にこたつがあった
のが気に入ったという。実は私も、そのこたつでゆるゆるしたいなと
思ったので★3つを付けたのだったが、まさか同じ思いとは(笑)

結局、私が決めたアクションプランに従い、その温泉に立ち寄ることで
決まった。今なお、体調が完全ではない犀川君。昨日も今日も仕事だったが
早めに切り上げて帰ってきて、早めに寝ていたが、まだだるさが消えないと言う。

「当日までに体調を整えるべく、無理するなよ!」
という私の掛け声に、ハイ!と素直な返事を寄越す犀川君。
なんて年下はかわいいのだ!
なんで今まで年下を拒絶していたのか全く理解できない!。
いやはや、年下はサイコー。
ん? 犀川君がサイコーなのかな??(笑)

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3日連続

今日も会いましょうと犀川君が言うので、
飲み会に行く前に時間を作って、彼が待つ喫茶店へ急いだ。
3日連続の逢瀬というのも、悪くない。

犀川君は今日は何だか調子が悪いらしく
ちょっと鼻声で、だるそうな顔をていたけど、
「風邪っぽい男って色気があっていいよね」と言うと
「何言っているんですか!!」と笑って、脇腹を突かれてしまった(笑)

紅葉を見に行く予定をたてていたら
「温泉入って、あとは和室でぼ〜っとしてたいな」と犀川君。
一緒に並んでぼや〜っと寝ているのも幸せだろうなと思うとニヤニヤしてしまう。

飲み会からの帰り道、メールをチェックしたら
「顔が熱い」と犀川君からのメール。
「あら、私と会って幸せで顔が火照った?」と返信したら
「風邪だよ!」と突っ込みの返事がきた。うむ、そうか(笑)
つい、酔っぱらって気持ちが高まって、大好きだ〜と告げると、
「どんなにカリカリしていても、大好きだ」と犀川君が言うので
「この恋が終わるとしたら、君次第だな〜」と返すと
「そんな悲しいことを言わないでくださいよ」と言う。
そう、そのコトバが聞きたくて、わざとそんな台詞を言っている私。

ちなみに、飲み会で一緒だった男の上司曰く
「その恋は結局、ミサト次第だな。彼はもうどうしようもなく夢中だね」
という。そうなんだろうか? 私の感覚では、私が夢中なんだけど。
ま、どっちが夢中の度合いが強いとか弱いとか、ある意味どうでもいい。
問題は明日も今日以上に犀川君が好きかどうかだ。
明日も、犀川君のことがたまらなく好きでありますように。

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約束

犀川君が会いたいと言うので、今日再び、夕方に喫茶店で落ち合った。
夜は仕事で早めに終われそうもないからとのこと。風邪っぽいのに心配だ。

いつもの喫茶店に行くと、犀川君がノートパソコンに向かって仕事していた。
顔をあげると、いつものようにまぶしそうに私を見る。
きっとあの表情は、嬉しいのと照れが混ざったものなんだろう。
私の方も、先日、異様にカリカリしていたのもあって、妙に照れくさい。

しばらく、そのカリカリ事件について二人で話す。
犀川君は「やっぱり僕が原因なんでしょう?我慢してたでしょ?」と言うので
素直に「うん」と答えた。でも、私が一人でどんどん怒りを増幅させたのだとも告げた。こういうことが、我慢の末によく起きる。そういう人間だから、今後は、一人で勝手に怒らずに、不満などがある場合は、とにかく犀川君にちゃんと言うよう、約束させられる。

1時間ほど話して会社に戻ると、犀川君からお礼メールがきて、さらに続いて、心配メールがきた。

「僕がぼーっとしている間に、いくつもチャンスを逃してしまって、気づいたら離れてしまっているんじゃないかと思うと怖くなります」

うむ。なるほど。確かに私はこれまで、そういう事がよくあった。相手に何も告げないまま、怒り、あきらめ、絶望し、離れる…よくあるパターンと言えなくもない。犀川君はそれを恐れているらしい。なかなか鋭い考察力だ。
冷静さを失っている時の私ならいざ知らず、平常心の時ならば
可能な限り、こうしたパターンは避けたいと思っている。
これを回避する方法はひとつ。素直になって言葉で伝えることだ。

「欲求や不満は極力素直に言葉にして伝えると約束する」
すると「カリカリしていてもいいから、言って下さいね」と犀川君。
互いにこうして言葉にして伝える努力を重ねれば、
ココロのすれ違いを最小限にとどめることくらい出来るだろう。

喫茶店を後にする直前、犀川君が。次か次の休みに出かけましょうか、と言い出した。以前、紅葉を見に行きたいと私が言っていたので気遣ってくれたんだろう。
「どこがいいかな?」と聞くと、北がいいだろうと言うので、北へ行くことにした。
これでようやく、二人の間の約束が現実のものとなりそうだ。
もちろん、相変わらず犀川君は多忙なので、
「やっぱり無理」となる可能性だってゼロではない。
それならそれでも構わない。だって、約束は約束として実体を伴ったんだから、それだけでも十分手応えがある。それでいいのだ。

その後、何でも言いたいことは言うと約束したのもあって、「箱根のススキも見に行きたい」とも告げた。すると犀川君は「いいですね、ススキのあるうちに行けるといいな」と返ってきた。

結局のところ、約束は待ちの姿勢では動かない。
自分から仕掛けないことに事態は打開しない。
年下の男の子だからとか、忙しいからとか、
そんな遠慮ばかりしていたら、一向に前進できない。
時には、強引に無神経に、えーい!と飛び越える事が肝要だと今更ながら痛感。

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今なら間に合う

夜、早々に寝てしまおうとしていたところに、犀川君からメールが来た。
「どうしたら元気になってもらえるんでしょうね…」というもの。
もう!!!放っておいてくれと思いながら、「元気だからご心配なく」と素っ気なく返した。
すると、さすがに飽きれたのか、「分かりました」と一言だけ返ってきた。
もう!!!布団を頭から被り、寝ようとするけれど、一向に寝れない。
なんだよ、分かりましたって!何が分かったんだよ!!!…イライラは最高潮。
そのまま強引に寝入ろうと思ったが、どうにも無理そうだし、
だいたい、このまま誕生日を終えて、明日になったら、なんて言えばいいのだろう?
そもそも、これが間違いなく溝になって、本当に終わることになるかもしれない…。
そう思うと、さすがに何だかためらってきた。
ふう…と深呼吸してみる。そして、冷静に考えてみる。

何がいけなかったんだ?
どうしてイライラしてたんだ?
悪いのは本当に犀川君?

頭にのぼった血を沈めながら、出来るだけ冷静に振り返ってみる。
どうしてイライラしてたの?
 そう、朝から天気が悪かったから。
 そう、そもそも今日が誕生日だと犀川君に告げていなかった自分が嫌だったから。
 そう、誕生日だから、普通にやっぱり会いたかったから。
 そう、でも、誕生日だと告げていないから、会いたいとも言えないから。
 そう、だいたい仕事で忙しいと犀川君が言っていたし。
 そう、仕事が忙しいとか言って、休みはあるし、一人で出掛けている時間はある。
 そう、そもそも休みの日に会おうとしてくれない態度が腹立たしかったから。
 そう、誕生日と告げたら、おめでとうと言うだけだったから。
 そう、だいぶ時間が経ってから会おうなんて、遅過ぎたから。
 そう、それでも待っていると言ってくれなかったから。

で、悪いのは犀川君?
 いや、天気は自然現象だもの。どうしようもない。
 いや、誕生日を知らなかったんだもの。
 いや、素直に会いたいと言ってないもの。
 いや、休みなら会えって普通思いますよね?という問いに「気にしないで」と
    言ったのは、私の方だもの。
 いや、おめでとうって言われて怒る方がおかしい。
 いや、そりゃ、仕事のメドってもんがあるだろうし、そもそも私の方から会いたい
    と言い出したわけじゃないし。
 いや、私の返事が素っ気ないし、断じて会わない、という雰囲気ありありだったし。

ね、だから、やっぱり、冷静なれば、私が悪い。
私が勝手に、一人でどんどん怒りを募らせてしまっただけの、要はワガママだったのだ。
むしろ、犀川君は優しく、根気づよく、元気を出してもらおうと、
気を遣いながら、仕事の合間にメールをくれた。感謝こそすれど、怒るなどお門違いだ。
分かっていたのだ。要は、自分で収拾つかなくなっていただけだと。
それでも、どうしてもそれを認めたくなかった。
強引に接してほしかったのだ。ただ、それだけだった。
だが、それを全く伝えずして、相手に求めるというのは所詮無理な話だ。

このままじゃいけない。きっといつか後悔する。
いくら犀川君が気が長くて、優しい人だと言っても限度というものがある。
やはり、今日起きたことは今日解決すべきだ。
誕生日が終わるまであと少し。今なら間に合う!
布団から出て、素直に謝りのメールを打って送った。
そして、なぜイライラしていたのか、どうして欲しいと思っていたのか
それも素直に伝えた。そうしないと、犀川君だって納得できないだろう。

すぐに返事が返ってきて、「僕の言い方が悪かったんだと思う」と謝ってきた。
そして、自分の気持ちは全く変わらないから、と言ってくれた。
素直になったら、イライラはすーっと消えていった。
イライラが消えたら、急に眠気が襲ってきて、ようやく寝付けた。
目覚めたら、昨夜のイライラが嘘のように消えていて、心が軽かった。
やっぱり、昨夜、きちんと思いを伝えて、謝ってよかった。
お礼とお詫びの気持ちを込めて、おはようメールを送ると、
「元気になって本当によかった」と犀川君からすぐに返事がやってきた。

犀川君から昼間きたメールによると、のどが痛くて風邪をひいたかもしれないと言う。
「今日は仕事を早めに切り上げて、早く帰るように」と言うと
「午後は外出なので、直帰して、早めに休みます」と返ってきた。

風邪ぎみの、少し鼻声の男は、案外色気を感じるものだ。
ちょっぴり、そんな犀川君を見てみたいなと思ったりもしたが
昨日のように、マグマのような激情は影を潜め、今日は遠くから
心配するだけでも、心穏やかな状態をキープできている。
悪化しないことを願いつつ、犀川君に「お大事に」とメールした。

これほどに、自分の感情の波が激しいと、ふいに取り返しのつかないことを
してしまうのではないかと不安になる。しかし、不器用にいろんなところに
激突しながらも、こうやって出来る限り、素直になることを心がけていれば
今後、またこうしたことがあっても、私たちは乗り越えることができるかな。

そういえば、ハヤテが今朝、メッセで話しかけてきた。
「昨日、誕生日プレゼントを渡したのに、忘れていったな!俺は悲しい」
確かに、もらった漫画はオフィスに放置してきてしまった(笑)
「ごめん、2008年の心に響いた誕生日プレゼントNO.1に登録したから許して」
そう言うと、よし、と許してくれた。
そして、ジジが都合により今の会社を退社することになり、そのお別れ会を
しようと言い出したので、「最後、特別に私への暴言を許そう」と言うと
「俺は今後も暴言を言い続けるから、常に許してもらわないと〜」と
ハヤテは実にご機嫌だった。あいつ、今後も言い続けるつもりなのか…orz
そう、まだハヤテには、犀川君という存在が出来たことを告げていない。
言ったらどうなるだろう…。なんとなく怖くて言えない。狡いかもしれないけれど。

余談だが、昨日のミーティングはタカ君もいた。
実に1カ月ぶりの再会だが、目を合わせるようなことは避け、席も遠くに座った。
元気そうだったので、ひとまず安堵。
しばらくは、直接声をかけるのは避けておこう。念には念を。

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unhappy birthday

なんてイライラした一日だったろうか。
よりにもよって誕生日の日に。
今なお、イライラ、悶々とした気持ちは全く解消されていない。

朝から雨で憂鬱だった。
おまけに、犀川君からのおはようメールが実に遅かった。
ま、こんなことを一方的に期待して、憤慨している私もどうかと思うけど。
私の憂鬱な気分をよそに、犀川君は朝から喫茶店で仕事をしているからか
文面からは珍しく気分がよさそうだ。それが返ってイライラする。

どうせメールの文面だけなのだから…と思うけれど、
どうにも今日は明るい気分を演出する文章にならない。
反比例して、犀川君の文面はいつもよりもゆったりと構えていて
何だか余裕すら感じる。その余裕がまた、私をイライラさせる。

中途半端な絡み方をするので、素っ気なく「ありがとうございます」
とだけ、突き放した雰囲気で投げると、今度は犀川君がしょげる。
犀川君にしてみれば、私が何故にイライラしているのかが分からない。
そう、犀川君に、今日が誕生日だということを教えてない。
別に隠しているわけでもないのだが、聞かれないから言わなかっただけだ。
しょげられて、思わず「今日だけは仲良くしたいんだけど」と返すと
「今日は何かあるんですか」と聞いてきた。そりゃそーか。
でも、今更言いたくない気分だ。とはいえ、変な理由をつけるのも大人げない。
仕方ないので、「あと1時間半で忌まわしき誕生時間を迎えるから」と答えた。

すると、「そうだったんですか!おめでとうございます」と返ってきた。
ただそれだけだ。うんうん、分かっていたのだ。どうせ、誕生日だろうが
何の日だろうが、君は仕事が忙しいから、メールでおめでとうと言うだけだろう。
そんなことは言う前から分かっていたことだ。
分かっていたけど、本当にそれだけだったことに失望した。

これまで付き合った男で、これほどに無頓着な男がいただろうか。
普通なら、「そうだったの?じゃ、時間ないけど、ちょっとでも会おうか」
くらいは言うだろう。もし、それがダメでも、ダメな理由を告げたうえで
「じゃ、今度の休みにでもお祝いしようか」というのが、妥当な線だ。
それがどうだろう。「おめでとう」と言ったきり、それでおしまいだ。
別に、盛大に祝ってくれと言っているわけではなくて、
誕生日が一つのきっかけになって、会おうと言って欲しかっただけだ。
しかし、やっぱり、メール男の犀川君は、おめでとうと言えば私が喜び
それで満足するものだと、疑ってないのだから、心底驚いてしまう。

昔の彼女と別れた理由が「楽しませることが出来なかった」とは犀川君の
談だが、まさに、そりゃそうだろうと思わざるを得ない。
何のために一緒に歩もうとしているのか、さっぱり理解できないじゃないか。

そのうえ、なんで忌まわしいのだと聞いてきた。
そりゃ忌まわしい。恋人と呼んでもいいはずの人はこんな調子だし、
いい加減、いい年になっちゃったし、これまで別に生まれてきてよかったと
心底思えるほど楽しい人生じゃなかった。むしろ苦痛の方が多く、
なんで生まれてきたんだと恨めしい気持ちになることのほうが圧倒的なのだ。
すると、犀川君は「生まれてこなければ、僕らは出会えなかったんだし、
両親に感謝しなくちゃ」なんて、おめでたいことを言っている。
なんで感謝なんてせんといかんのだ。
だれが一体、「生まれてきてよかった」なんて偽善的な事を吹き込んだのだ。
だいたい、出会ったって、こんなんじゃ、出会ってないのも同然じゃんか。
何もかも、イライラする。イライラがどんどん募って、顔が歪んでくる。
返事を返すのも腹立たしい。どっかの偽善的小説や絵本のように
一人で勝手に真に受けて、喜んでいてくれ。私は全然そんな気にはなれん。
だから、無視して、ハヤテの待つ都内のオフィスへ向かった。

ビルの前で、偶然にハヤテに会った。
向こうからやってくる男が手を振っているのに気づいて、よく見たら
ほんの少し痩せたハヤテがいたのだ。
「ミサトさん、誕生日おめでとう。これ、プレゼント」
満面の笑みのハヤテが差し出したのは、週刊ジャンプ(マンガ)だった…。
「なんだ、こりゃ」と言うと、「だって、HUNTER×HUNTER読みたいって
言ってたんじゃん。捨てようと思ったけど、持ってきた」と嬉しそうに言う。
「あのさ…要はゴミじゃん」と言うと、「ええ、そんなことないよ!」と
いたずらっぽく笑う。思わず、吹き出して、「涙が出るよ」と言うと
「だろう〜〜」と誇らしげだ。

だが、犀川君よりも数千倍、ハヤテの行為の方が嬉しかった。
あの忘れっぽいハヤテが私の誕生日を覚えていた事自体、奇跡だし、
HUNTER×HUNTERが好きだということを覚えていたのも驚きだし、
何よりも、このアホ臭いほどの機転が、私を喜ばしてくれた。
その後、ミーティング中、何度となく、私の方を見て、
「どうしようか」と甘えた顔を見ていると、その心地よさとおかしさに
どうしようもなく、懐かしさを覚えてしまって、泣きそうになる。
会議が終わり、飲みに行こうかとみんなが言い出したが、
たまらずに、「今日は帰る」と言って、オフィスを後にした。
こんなイライラした日に、ハヤテと飲んだら暴走してしまう。
こんなイライラした日は、一秒でも早く終わらせたかった。
早く帰って寝てしまおう。
そうするに限る…。そう思って家路を急いだ。

駅に着くと、犀川君からメールが入った。
「今忙しいですか?」と言うので、「なんでしょうか?」と返した。
どうしても刺のある返事になってしまう。
「いや、もし気が向いたら、コーヒーでも飲みませんか、と」と犀川君。
何を今更…携帯の画面を見て、つぶやいてしまう。
何を今更…どうして、その一言を昼間に言えなかったのだ。
どうせ、私がカリカリしているのを気遣って、仕方ないと思ったのだろうが
そんなんで私が喜ぶとでも思ったのか。アホくさい。
「今、都内にいるんで、間に合わないと思います」ときっぱり。
すると、「そうですか…では、気をつけて帰ってください」と返ってきた。
ふん。何が気をつけて帰ってくださいだ!
そういう時は、何時になってもいいから待ってますよ、と言うもんだ!!!
憤慨を通り越してしまい、そのまま無視した。
聞き分けがいいのと、鈍クサいのとは、全く違うのだよ。

もう、いや。もう、全然楽しくない。全然幸せじゃない。
メールの文面だけで、気のいい返事をして、犀川君が喜ぶ女を演じるのは
もう、いやだ。聞き分けのいい自分になろうとするたびに、どんどん
自分の首を絞めてしまって、息苦しいったらない。窒息しそうだ。
ゆっくり歩みたきゃ、一人でゆっくり歩いてくれ。
近くにいながら会えない恋人なんて、無用にもほどがある。

さあ、今夜の誕生日プレゼントは、時間だ。
こんなに早く帰ってきて、こんな時間に寝れるなんて、そうそうない。
さあ、今宵はさっさと寝てしまおう。
大嫌いな誕生日はこれでおしまい。
ついでに、犀川君への想いも、おしまいだ。

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地盤がゆるむ

休み。美容院に行っている間に、犀川君からおはようメール。
しかし、どことなく元気がない様子。
何を言っても、何だか絡まれているような…(^▽^;)
「休みなんだろうから、ゆっくり休んでね」と言うと
「休みなのに、なんで会わないんだ?って思いますよね、普通」と言う。

そりゃそう思っているわよ!
てか、言うか?君が!?…と内心思ったりしたのだが、そこは年上の女。
ぐっと堪えて、「ゆとりのある時に会ってくれれば嬉しいけど、無理しないで」
なんて言ってみる。言葉とは裏腹に無理してほしいのだが…。
しかし、犀川君は「優しいですね」と返してくるばかりで私の本音が
どこにあるか、なんてことに気を回すようなことはしてくれない。
それでも何だかんだと絡むうえに、「会いたくなったらいつでも言って下さい」
なんてトンチンカンなことを言ってくるもんだから、少々頭にきた。
そこで、「一人でいたいくせに寂しがりだからね。会うよりも、こうして
メールでやりとりしている方がいいいのでは?」と厭味を言ってやった。
すると、「会わなくていいなんてことないですよ!」と逆グレされる。
…分からん…一人でいたいと言ったのはアンタだろうに…(;´Д`)
そしてまた、「会いたくなったら、本当に言って下さいね」と
犀川君は、優しいだか、鈍感なんだか、よく分からない台詞をよこすのだった。

そこで、「私は別に。犀川君のタイミングでどうぞ」と半ば投げやりの回答。
すると、さすがに「どういう意味ですか??」と焦って返事がきた。
「私は君ほど一人でいたいわけじゃないから、会うなら、君の都合次第
という意味だけど」と言ってやった。すると、今度はしおらしく謝ってきた。
謝ってほしくて言っているわけじゃないのにねえ…。

で、その後、数回やりとりして、疲れた私は「まあ、とにかく、しばらく
余裕がないんだろうし、無理せず、気にしないでどうぞ」と言うと
「ありがとうございます。さらに好きになりました」と、これまた
実にトンチンカンな返事がやってきた…。まあ、いいけどさ。

犀川君は難しい男の子だ。
一人でいたいのに、すぐに人恋しくなってしまう。人恋しいくせに
怖くて他人に踏み込むことをしない。だけど、踏み込んでみたいと思っている。
思っているけど、うまくできなくて、また一人の世界に逃げ込んでしまう。
それでも、そこにはずっといられなくて、人恋しくなる。
だけど、どこかでやっぱり、自分を受け入れてもらえないと思っている。

分かるけど、そのままじゃ、私にはどうすることもできないだろうな。
無理矢理そこから引きずり出すまで、私も強引なことしたくないし、
私自身も、そこまで他人に深く踏み込むほど、執着心がないし。
それは犀川君への執着心がない、というのではなくて、誰に対しても。
はあ〜あ、と思って返事をするのが億劫だなあ、と思っていたら
すぐに犀川君から「僕のこと、まだ好きですか?」とメールがきた。
そう、犀川君は自分をちょっとでも曝け出すと、不安になって
あきれられていないか、嫌われていないか、確認しないではいられない。

「好きだよ」と返してため息をつく。
こんな時、メールは表情まで伝わらないから実に便利なツールだ。
「僕も大好きです」と安心した犀川君から返事がきた。
大好き、か。そりゃそうだろうな。
犀川君の望む通りだもの。一人でいたい気持ちを満たして、寂しくなったら
私がメールで「好きだよ」と言ってあげるのだから。
だけど、私の気持ちは消化不良のままだ。
まあ、何も言わない私も悪いけど、察しの悪い犀川君もどうかと思う。
そんなもんか、男と女は。相手が誰でもそうだったかもな。

犀川君にとって私ってどんな存在なんだろう?不思議だなあ。
休日には会いたくないけど、大好きなんだって。なんだろ、それ。
それでいて、あそこへ行こう、ここへ行こうと言って、近い未来の
約束はするんだけど、思えばどれも曖昧な約束で、いつ、というのは
どれもはっきりしない。行こうね〜という、聞こえだけはいい約束ばかり。
最近、どの約束も果たされないのではないかという気がしてきた。
まあ、それならそれでいいや、と思い始めている。
彼は私という実体はいらなくて、メールで気持ちのいいことを言ってくれる
そんな都合のいい存在がいればいいだけで、ならば私である必要はないのだろう。
もしかしたら、犀川君にとって、私という存在は、
そんな彼のスタンスに、気づかせてあげるだけのものかもしれない。
君、人じゃなくて、メールのオート転送みたいな機械とかサービスがあれば
それで十分幸せになれるのよ、あなたは、と。
私である必要はないのよ、と。
そんな気がしちゃう、ほんと。
だから、「恋人はいるんですか?」と聞かれると、
「いや、いません」と、今なお答えてしまう私。
うん、犀川君は、恋人と言うにはあまりにも実体がない。
そう、私にとっても、犀川君は実体がない。
本当にいるのか、どうなのか、分からない。
こんな気持ちになっているなんて、犀川君は夢にも思わないだろう。
私の「好きだよ」という言葉を額面通り受け取って、
今頃、幸せな気分で眠りについていることだろう。なんてこった。

昨日、母にひょんなことから、職場の人たちの写真を見せるはめになった。
その中に、ハヤテの顔があり、「これがハヤテだよ」と教えてあげた。
さんざん、ハヤテは熊さんのようだ、太っている、と言っていたから
写真を見て、母は心底驚いていた。
「いやだ、あんた、全然太ってないし、男前じゃないの!それに知的な顔つきだ」
だから、おなかがポンポコリンなんだよと教えてあげると、
「いや〜男前だな。それになんか、余裕があるね、この人」と
とにかく絶賛していた。そう、ハヤテは余裕がある。器が大きいのだから当然だ。

犀川君のことがあってから、ハヤテのことは極力考えないようにしていた。
ハヤテがどんなにちょっかいを出してきても、もう迷わないように
必死に心を閉ざしてきた。もう、追わないと決めたのだ。
なのに、久しぶりに見た、写真の中のハヤテは、母が言わずとも
やっぱり素敵で、まぶしかった。
あっちへ行こう、こっちへ行こうと、欧州の街で私を振り回した
ハヤテの強引さが懐かしい。あの時のように、私を連れ去ってくれたらいいのに。

明日、生のハヤテに久しぶりに会ったら、久しぶりに心がぐらつくかもしれない。

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束の間逢瀬

一昨日のメールのやりとりの中で、「あさって会えたら会いたい」と
犀川君が言っていた日を迎えた。なんとなく、朝からそわそわ落ち着かない。
夕方、犀川君からメール。「夕方、ちょっとだけでも会えないですか?」
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
二人して仕事を抜け出して、喫茶店で落ち合った。休憩だと思えばよい。

久しぶりに会った犀川君は、すっかり秋っぽい雰囲気だった。
この間会った時は、シャツだけだったのに、今日はジャケットを羽織っていた。
それがなんとも新鮮な気がして、それだけでドキドキしてしまった。

喫茶店で仕事をしていた犀川君は、嬉しそうに顔をあげてくれて
破顔して「こんにちは」と言った。その顔を見ただけで、私の心は熱くなる。
30分だけのつもりが、つい他愛もない話をしているうちに1時間経ってしまう。
「そろそろ戻らなくちゃ」と言うと、「もうそんな時間かあ」と
悲しそうな顔をする犀川君が、なんとも甘える犬のようでかわいい。
「ずっとこうしてたいけど、しばらく忙しくて時間がとれないんです」と犀川君。
そして、ちょっと言いづらそうな表情をしながら、「あの〜…」と続けた。
「あの〜、その、どれくらいの間隔なら許してもらえるもんですかね?」
何を言っているのか本当に分からなくて、「はあ?何が?」と聞き返す。
「いや、会う間隔。1週間に1回とかでも平気ですか?」と言うので
「忙しいのに1週間に1回なんて無理せんでいいよ」と笑うと
「いや、多分、1週間に1回と言っても、今日みたいに短時間だけど」
そう申し訳ないように言うので、思わず吹き出してしまって、
「そんな!いいってば、無理しないで」と言うと
「いや、無理じゃないですよ。僕が会いたいんです」ときっぱり。
「まあ、それなら嬉しいけど。じゃ、まあ、そんな感じで」と照れてしまった。

その後、会社に戻って一仕事終え、帰宅しようとした時、
ふと、犀川君があのまま喫茶店で仕事をしているかもしれないと思った。
それならば、顔を見てから帰ろうかと思い立ち、「まだいる?」とメールすると
会社に戻ったんだけど、そろそろ出るところ、と返ってきた。
「そうか、顔見てから帰ろうと思ったんだけど、じゃまた今度ね」
そう返すと、今度は犀川君から「○○駅まで一緒に行きましょう」と連絡があった。
ちょうど駅に着いて、ホームに滑り込んできた電車に乗ろうとしているところだった。
「じゃ、待ってる」と答えて、2本電車をやり過ごした頃、犀川君が現れた。
ちょうどタイミングよく入ってきた電車に二人して乗り込む。
にやにや、へらへら、緩んでいる二人。
犀川君が「今日は2回も会えましたね」と笑う。
「ラッキーな日だね」と私も笑う。
そしてまた、にやにや、へらへら。
喫茶店での他愛もない話の続きで、しばし盛り上がる。
わずか2駅分の短い距離も、犀川君となら至福の時間に変わる。

「じゃ、僕はこっちなんで」
「うん、じゃ、私はこっち。またね」
手に触れようとして、やっぱりやめた。
何だか、離れがたくなりそうで、怖かったから。

その後、先約のあった宴席からの帰り道に、犀川君からメール。
「今、帰り道。人恋しいなー」
いじわるに「人恋しいのか、私のことが恋しいのか、どっちだろ?」と聞くと
「いじわるだな〜(笑)ミサトさんが恋しいに決まってるじゃん」
私もそうだったのだけれど、つかの間とはいえ、会ってしまってから
ようやく落ち着いていた心が動き出し、どうにも恋しさが募ってしまったようだ。
涼しい秋風がいっそう、そんな気持ちに拍車をかける。
「今の仕事が一段落したら、絶対にどこかへ行きましょう」
犀川君は、誰かさんと違って、絶対に約束を守ってくれるだろう。
吹き抜ける風がもっと冷たくなった頃、きっと二人で旅に行ける。
その日を楽しみに、じっくり構えて、犀川君を待ちたいと思う。

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積極的

出来る限り、時間を捻出して会おうと誓い合った二人ではあるけれど、
犀川君も私もなかなか仕事が忙しく、まだ実現に至っていない。
それでも、メールでは毎日のように大好きだと言ってくれるので
それほど不安になったりすることはなくなったが、
やはり、そうは言っても会えないというのは、どこか不満も残る。
まあ、互いに仕事がある以上、それは仕方のないことだけれど。

今日は余計な仕事も降ってかかってきたせいもあり
何だかとても忙しくて、帰りも遅くなり、疲れ切って帰宅した。
思えば、犀川君からメールがないなあ、と思っていたら
「今、帰るところ」とメールが来た。
やっぱり、犀川君も忙しかったようだ。

同じ会社にいながらも、部署のフロアが違うこともあり
毎日顔を合わすことはないし、どれくらい忙しい状況なのか
互いにさっぱりわからない。
たまに他の用事にかこつけて、犀川君のいるフロアへ
顔を出そうかとも思ってみるけれど、やはり躊躇ってしまう。
そう言うと、「テンぱっちゃうから来ちゃ駄目です」と
冗談まじりに犀川君も言うものだから、なおさら会う機会がない。
まあ、私だってテンぱっちゃうから行けないのだけれど(苦笑)。

そんな犀川君が「あさって辺り、昼間でもいいから会いたい」と
珍しく積極的な内容のメールをよこした。
思わず、「随分と積極的だこと」と返すと、
「いや、消極的すぎたかなと思って」と犀川君。
「うまく距離のとり方がわからなくて」と言い訳をしている。
なので、「距離なんてとらんでいいよ」と返した。
すると犀川君は「距離をとるというか、会えない間に気持ちが離れて
しまうんじゃないかと不安になるという意味」だということで
その兼ね合いが分からないから、たとえばどれくらい会わなくても
大丈夫なものなのか?と聞いてきた。
これはこれで凄い問いだなあと思ってみたり(苦笑)
なので、「不安になるのは私も同じだし、だからといって会うことを
無理強いするのは嫌だから、たとえば目安として1~2カ月
会わなくても平気というのではどうでしょう?」という
誠アバウトな返事をしてみた。
質問も質問なら、回答も回答である(笑)。
すると、気持ちが共有できたことを犀川君は喜び、
「いずれにしても、時間を作るようにするので、無理をしない範囲で
会いたいです」と、健気で優等生的な返事が返ってきた。

犀川君のこうした生真面目なところが、とても愛おしい。
だから最後に「会えなくても大好きだから安心してね」と
ちょっと寛大な言葉で締めてみた。
こういうやりとりをしていると、自分の不安が自然と消えてしまう。
年下の男というのは、実にかわいいものだと実感する今日このごろ。

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