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2008年9月

寄り添う努力

素直に思ったこと、感じたことを、出来る限り犀川君に伝えるように
意地をはったり、一人で悶々としたりしないで
メールで投げるようにしていたら、どんどんストレスがなくなっていった。
素直になるということは、思っていた以上に、簡単なことだったかもしれない。
言えば、それだけ伝わって、それに対する答えがもらえて
そうやってやりとりしているだけでも、
意地をはっていた時よりも、はるかに二人の距離が近づいている実感がある。

こんな幸せはいつか必ず終わりがくる…
そう思って、私はずっと、別れに先回りして生きてきた。
かつての恋人に「永遠なんてないんだよ」と言われて別れを告げられた
あの時の記憶がどうしても私を臆病にさせてきた。
今回もそうなると思って、先回りした私に犀川君は
そんな悲しいこを言わないでくれと言った。
僕は未来を信じたい気持ちを捨てきれないですと言った。
でも、私はその時は、「そうなるといいけどねえ」と流した。

先日、読んでいた小説の中で、永遠について触れているくだりがあった。
人は永遠を得られないと知っている。
知っているからこそ、今を愛し、大切にすることができる。
だから、永遠がないことは悲しいことではない。
同じ考えなのに、向き合う姿勢が前向きなのか、後ろ向きなのかで
全く印象が違うと驚いた。そうか、悲しいことではないのだと。
だから、今を大切にすればいい。先回りして壊すのではなく、
大切に過ごす日を、一日また一日と重ねていけばいいのだ。
そう思えた時、ようやく長いトンネルを抜けて、救われた気がした。
そう、心の芯に残っていた氷が今、ようやく溶けたという実感。

そう犀川君に伝えた。
すると犀川君が、そうやって長く続けていきましょうと言ってくれた。
そんな犀川君に私は今日、とても恋しいのだと伝えた。
すると、もっと会いましょうと犀川君が言った。
短い時間でも、長い時間でも、とにかく時間をみつけて会いましょうと。
ずっと、そう言って欲しかったのだと
犀川君の言葉を聞いてそう思った。

素直になることで、ようやく私たちは今、
寄り添う努力を始めたのかもしれない。

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予想外

犀川君との事で悶々としていたら、
ストレス性と思われるニキビがどばっとあごに出現した。
なんたることだろうか…。
イライラを募らせていたら、ノーテンキな犀川君が
また再び、メール攻勢をしてきた。
「どうしたの?無理にメールしなくていいよ」と、ついつれない返事。
「なんか、心配になって。どうしたんですか」と犀川君。
「別に」と私。かわいくないと自分でも思う。
こんな時は、犀川君の方が大人で、素直にあれこれ言葉を掛けてくる。
だけど、ずっと放置していたくせに、急に自分が不安になったからって
急にこまめに連絡を寄越すという態度がどうにも許せない。
ついに、しまいには、やけくそになって言ってしまった。

「君と私とでは恋愛の初期における速度があまりにも違いすぎる。
初期に走れるだけ走れないというのは、私にとって物凄いストレスなの。
それでも、君が言うようにゆっくりした速度で進もうとすると
うまく自分をコントロールできない。一応、今はなんとか合わせようと
私なりに努力しているけれど…」

いつ限界がくるか知れたもんじゃない、いや、そろそろ限界だ!
そんな思いを込めてつい、メールを投げつけた。
犀川君にしてみれば、青天の霹靂だろう。
「安心して放置していいよ」と言った本人の口からまさか真逆の
台詞がわずか2日後に飛び出すなんて、想像もしてなかったろう。
素直に驚いた犀川君は「すいません、無理させていたんですね」と
謝ってきた。本当に謝るべくは私なのに…素直になれない。
「合わないと思ったら言って下さい。近づく努力しますから。
限界がきたら、僕に言ってくださいね」と、相変わらず優しい。
何だか、自分が子供のように拗ねているだけのようで恥ずかしい。
そんなこんなで、ようやく悶々とした心の雲が晴れた。

以来、私は独り言でもいいから、思ったこと、感じたことを
メールで犀川君に投げている。犀川君がそうしてくれと言うからだ。
すぐに返事ができなくても、絶対に返信するからと。
そうすれば、一人で考え込んで、すれ違う事がないだろうと。
そう、私はやっぱり、犀川君とすれ違いたくない。
できれば、もう少し、一緒にいたいので、寄り添う努力をしたい。
不器用だし、すぐに感情的になって、いつも迷惑ばっか掛けて
結局のところ、犀川君がそれをなだめてくれて事なきを得ているんだけど。

今日、ひょんなことから、犀川君と職場で出くわした。
想定外の出来事だったので、最初はテンパって、赤面してしまったけれど
うまくパソコンの画面の陰に隠れて、顔の火照りが消えるのを待った。
犀川君は、笑顔で登場して、私に手まで振っている。
びっくりしながらも「やあ」なんて間抜けな対応しつつ、
久しぶりに見かける犀川君に見とれてしまった…(笑)
その後、ミーティングをしながら飲むのだ!と男先輩が職場を出てゆき
私も犀川君も飲み屋へ移動することになったのだが、
幸か不幸か、飲み屋が混雑していて、女性陣と男性陣で店を分けた。
みんなの前で一緒にいるのは、互いにどうにも照れてしまうので
ちょうどよかったかもしれない。

宴席後、「ほんの少しでも会えてよかった」と犀川君からメールがあり
私もじんわり幸せな気分。「ゆっくり会いたいよー」と素直にメールしたら
「うん、ゆっくり会いたいね」と犀川君から返事がきた。
ああ、こんなやりとりで、とろけそうな位、幸せ。

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孤独の時間

今日は一日、犀川君からメールは来なかった。
昨日、中途半端にメールのやりとりが終わったまま時が流れてゆく。

犀川君は独りの時間をとても大切にしている。
犀川君が犀川君たるには、独りの時間がなければならない。
誰よりも寂しがりやなのに、誰かと時間を共有したままではいられない。
必ず、孤独の世界に戻ってゆく。
そんな犀川君を私はただただ見守ることしかできない。
だって、そこには誰も連れていってくれないから。

犀川君は分かっていない。
独りでいるよりも、誰かといる方が寂しくなる事があることを。
以前にそう言ったら、とても驚いていたし、
僕がもしそういう風にミサトさんに思わせているのだとしたら
本当にすいません、と謝っていた。
けれど、謝るだけで、彼はまた孤独の世界に帰ってしまう。
彼が孤独の世界に帰ってしまうから
私が寂しくなるということを、彼は本当の意味で気づいていない。
言ったところでどうにかなるものではないし、
無理やり彼から孤独の世界を奪ってしまったら
今度は犀川君が犀川君じゃなくなる気がして
何も言わないことにした。
ただ、私は最近、言葉とは裏腹にとても寂しい。
メールの文面では、こちらの表情まで伝わらないから何とでも言える。
時々、送信ボタンを押した後に、ふと、あまり幸せじゃないなと思う。
それは、犀川君のせいというよりも、
もしかしたら、誰とも分かり合えないと思うゆえの寂しさかもしれない。
結局、誰を好きになろうと、寂しさは埋められない。
人は孤独から逃れられない。
犀川君といると、独りの時以上に孤独であることを痛感してしまう。
誰かを好きになるということは、弱い自分を実感することである。

昨日、メールで「安心して放置していいよ」と犀川君に言った。
本心でもあるし、嘘でもある。
仕事が忙しい犀川君は、余裕がなくなるとメールを寄越さない。
余計な期待を持たせまいと、会う約束もしない。
あるとしたら、漠然とした約束ばかり。
ちょっと近い未来の、漠然とした旅の約束。
時々、そんな約束は決して果たされないんじゃないかと思うことがある。
甘い夢を二人して抱くことで、何かを誤魔化している気がする。
だけど、私はちょっと突っ張って、平気なふりをして
「忙しいだろうから、当分、私のことは放置していいよ」と言った。
「好きな気持ちは変わらないから安心して放置して」と。
犀川君の為であるようで、実は自分の為に言った台詞。
私は放置されている自分に、きちんと正当な理由が欲しかっただけだ。
少しでも安心したいから、そう突っ張ったに過ぎない。
犀川君は犀川君で、「優しいですね、ありがとうございます」と
何の疑いも持っていない。決して、優しさから出た言葉じゃないのに。
そして翌日、早速、安心して犀川君は丸一日、私を見事に放置した。
ここまで素直に行動に移されると、言葉もない…。

昨日、職場の女先輩と男先輩と軽く飲みに行った。
女先輩は相変わらず鋭くて、ミサトちゃんは実は相当複雑系で
扱いにくくて、相当高度なテクニックを持った男じゃないと
とても扱い切れないと笑っていた。
「ミサトちゃんはさ、一見、聞き分けがいいんだよね。
ていうか、つい、聞き分けのいいことを言ってしまうけど、本音じゃない。
それが男には、まあ、当然だけど分からない。
つい、言葉をそのまま受け取って、そう行動しちゃう。
だから、男には罪がない(笑)。
だけど、ミサトちゃんは本心ではそれが許せない。
本当は、そうじゃないと言って欲しいのに、全面的に自分を認めて
受け入れて欲しいのに、そう言えない。
それに、言って分かるような男じゃなくて、察して先回りしてくれるような
男を求めているから癖が悪い!
そのうち、我慢が限界に達して、えーい!と壊してしまう。
だから長続きしないんだよねえ。本当、難しいんだから(笑)」
…言葉もない。
「でさ、その限界到達までの期間が1カ月とか短いんでしょ」と
男先輩が笑う。これまた、言葉もない。
「いつかさ、丸ごと受け入れてくれる男が現れるよ」と女先輩。
その後、女先輩と二人だけになって、犀川君のことを知っている彼女は
「犀川君はミサトちゃんと似ているからなあ。
うまくいけば、すごくいいカップルだと思うけど、
二人とも複雑系だから、心配っちゃ~心配だけどね」と苦笑した。

確かに、犀川君と私は似ているところがある。
おそらく、孤独を認識しているところがとてもよく似ている。
ただ、孤独へのアプローチが異なる。
私は、二人の関係において、そのプロセスにおける孤独を好まない。
私は前提と最後に孤独を据えて考える。
人は所詮孤独だと認識したうえで、できる限り、それを埋めるような
関係になりたいと望む。ただ、それが叶わない場合、すぐにまた
孤独の世界に戻ろうとする。それが一番、私にとって救いだからだ。
ところが、犀川君は少々違う。
前提は同じでも、犀川君はゴールに希望を抱いている。
彼はプロセスに孤独を持ち込むが、最後は二人でその孤独を
埋め合わせて幸せになれるんじゃないか、という一縷の望みを
捨てきれない。
私たちは似ているが、プロセスが決定的に違う。
だから、一緒にいるとかみ合わない。
スタートはいいけれど、一緒にいると、どんどん辛くなる。
私は楽になりたくて、近い将来、終わりを望むだろうし、
終わりを望んだ時、犀川君は決定的に打撃を受けるだろう。
だが、その時にはもう、時すでに遅し、だ。

何とか、そうならないようにしたいのだけれど、
考えるほどに悲観的な未来しか見通すことができない。
終わりにすがるのではなく、安心するために
私は犀川君の体温を求めてしまう。
でも、犀川君はそんな私を拒みこそしないけれど
ちょくちょく独り、孤独の世界に入り込んでしまって
私は独り、寒さに震えている。

誰と付き合っても、こうなるんだろうか。
こんなんだから、誰かと付き合うとか、向き合うとか
面倒だし、気苦労が多いし、投げ出したくなってしまう。
恋は確かに素敵だけれど、
まるで囚われの身のようで、息苦しくなる。

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気難しい

犀川君からぱたりとメールが来なくなった。
海の見える駅に行った時に約束していた日がやってきても
朝から何の音沙汰もなかった。
待ち合わせの時間まで2時間となってもメールは来ない。
さすがに不安になってきて、「予定通りですか?」とメールした。
しばらくして、「連絡しなくてすいません」と返ってきて、
予定通りだが、少々遅れてしまうかもしれないから、また連絡するとのこと。
会うことを無理しているのだとしたら、こちらもあまりいい気はしない。
だから「無理しなくていいよ。忙しいなら中止しましょう」と返した。
「延期」とは書かずに、敢えて「中止」という言葉を選んだ。
「延期」には未来が含まれている。
犀川君が一足早く夢から醒めたのならば、「中止」の方がふさわしい。
「中止」には未来の約束など含まれないからだ。
しばらくして返ってきたメールには、「これから忙しくなるから
会えるうちに会っておきたいです」と返ってきた。
なんだか、私のテンションまで下がってきた。
ま、いっか、そこまで言うなら…と半ば投げやりな気分にもなった。
「じゃ、会いますか。時間は気にせずに、来れそうになったら連絡を」と
返して、私は一足早く待ち合わせ場所近くの喫茶店で待つことにした。

喫茶店で本を読むこと1時間。犀川君から「いまから向かいます」と
連絡があった。「いいですか?」と問うので、「いいですよ」と答えた。
それ以外にどんな言葉があったろうか。

約束の時間よりも1時間近く遅れて、犀川君はやってきた。
とても恐縮している。「すいません、どうにも抜けられなくて」と
かなり憔悴しきった様子。「忙しいんだ、今」と聞くと、こっくり頷いた。

そのまま、前回行った店へ行ってみた。
前回はとても混雑していて、カップルシートではなかったけれど
今回は空いていて、念願の(?)カップルシートに通された。
「並んで座れますね」と犀川君がようやく笑った。
醒めてしまったのなら、並んで座っても嬉しくなんてないだろうに。
戸惑ってしまって、私は曖昧に笑って頷いた。

犀川君は珍しく雄弁だった。
仕事のことや自分にとっての鉄道について熱く語ってくれた。
こんな犀川君は実に珍しい。
私はただただ、隣で、ふんふんと頷きながら聞き役に徹した。
ふと、「どんな恋愛をしてきたの?」と聞いてみた。
犀川君は「教えない」と冗談めかして、すねてみせたけれど
すぐに抽象的ながらも話してくれた。
「よく『つまらない?』とか『何考えているか分かんない』と言われました。
そうだろうなと思うけど、努力はしたんだけど、あまり変われなかった。
彼女はよく僕のこの気難しいところを理解してくれてたと思うけど、
それにちゃんと応えられなくて申し訳ないことをしたと今でも思ってます。
こんなんだから、いつも長く続かないんですよ。
いつも相手を楽しませてあげられないんだと思います」
哀しい顔をして、そんな風に話していた。
「幻滅すると思いますよ。というか、もうしてるかな」と苦笑する犀川君。
「僕、ここ何日か、すごくテンションが低いんです。今も低い。
波があって、低い時はどうしようもないんです」とつぶやいていた。

「今もテンションが低い」とは、すごいことを言われたものだ(苦笑)。
目の前にいる私は、なんて反応をするのがよいのか、さっぱり不明だ。
思わず、「今も低いのか」と苦笑いしてしまった。

そんな私の表情を見て、犀川君がはっとなって、「すいません」と謝った。
「ひどいですよね、そんなこと言うなんて。言う必要なかったな。
僕、ここ何日かすごくテンション低くて、ミサトさんに甘えてきたんですよ。
何も言わなくても、許してくれると思って、ずっと甘えてたんです」

へえ。へえ。そういう甘えがあるのかと、不思議に思った。
「普通、もう嫌だって思いますよね…」と犀川君がうつむく。
なんだかおかしくなってきた。決して嘘ではなさそうだからだ。
自分の感情の起伏のままに、素の自分をぶつけていたのだったとしたら
それはそれで、なかなか素敵なことだなと思えてきたからだ。

「あのさ、そういう甘え方があるなんて、私は初めてなんだよ。
すっかり君は、一足早く夢から醒めたのだとばっかり思っていた。
それはそれで仕方ないことだとも思っていた。
もしも今日、約束を守るためだけに、無理をしているのだとしたら
会うこと自体、意味のないことだと思った。なら会わない方がいいと。
もしも、このまま会う機会を失って、このままフェードアウトしても
それはそれで受け止めようと思っていたんだよ。
まさかね、テンションが低いだけとはね…驚きだ、素直に」

「ミサトさんとのことでテンションが低くなったのではないんです」
犀川君はとても哀しい目をして訴える。思わず「分かったよ」と苦笑い。
繊細で複雑な犀川君は、私の知らない世界で私の知らない苦悩を抱えている。
不器用な彼はそれをうまくコントロールできない。
私も似ているところがあるから、気持ちがなんとなく分かるのだ。

犀川君が手を握ってきた。
「今日は冷たいですね」とつぶやく。
「秋だからね」と私。
「落ち着くな」と言いながら、じっと私を見つめてくる。
何だか照れくさくて、「見るな」と言って酒をあおる。
「見つめていたいんですよ」と犀川君は手を強く握ってきた。

結局、店に入ってから殆どの時間、ずっと手をつないでいた。
店を出る時、犀川君の表情はほんの少し晴れやかになったように思う。

駅の改札口で別れを告げると、「今日は会えてよかったです」と
はにかんだ顔をして犀川君が言った。「うん、じゃ!」と背中を向ける。
しばらくして犀川君からお礼メールが来た。
「好きなままですが、いいですか?」という文章で締められていた。
「気が済むまで好きでいてくれたら嬉しいですよ」と返した。

遠い未来なんてどうでもいい。
ずっと未来なんてどうでもいいと思ってきた。
今、ほんの少し近い未来に希望を抱いていたいと思うようになった。
確かに犀川君は気難しい。
ハヤテのように、私を心の底から陽気にはしてくれないだろう。
だけど、犀川君はあったかい。冷たいけどあったかい。
もしかしたら、それを理解し、大きな心で包んであげられるのは
私かもしれないし…。そんな風に今は思い上がっていようと思った。

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10カ条

気のせいだろうか。犀川君の態度が少々変化したように思う。
昨夜、メールをやりとりしてすぐに、返事が来なくなった。
翌朝、「つい寝てしまった」と言い訳メールが来た。
まあ、疲れているんだろうからと思って、この時は流した。
日中、明らかにメールの返信が遅くなった。
まあ、仕事が忙しいのだからと思って、仕方ないと思い直した。
そして、この深夜になっても未だ、返信がこない。
まあ、今日はとても忙しいのだろうと思ったりもした。
だが、これまでなら、メールの返事ができない理由を告げてきた。
なのに、今日は何の音沙汰もないまま夜が更けてゆく。

まあ、これまでが互いに熱が上がって異常だったともいえる。
こんなペースでやりとりしていたら、身が持たないとも思える。
そろそろペースを落としてもおかしくはないともいえる。

そもそも、犀川君の口癖は「ゆっくり行きましょう」だ。

だが、私はチーターなのだ。
そもそもスタートが命の生き物なのだ。
だから、スタートから間もないのに、ゆっくり行くなどドダイ無理なのだ。
そう、まだ始まったばかりなのに、熱が冷めるには早すぎる。
そう思っているのは、どうやら私だけみたい…悲しい。

メールの返信が来ないと悶々としている自分を
もう一人の冷静な私が見ている。
「年下の男に熱を上げて、みっともない。目を覚ませ」
分かっているのだ。
だが、どうしようもなく、犀川君に猛進してしまう。
しかし、ここで完全なる盲目になれないのが私でもある。
いつだって、もう一人の私がブレーキをかけるのだ。

そこで、このまま乱心しないように、もう一人の私が
ミサトの行動10カ条を作ってくれた。

1、長文のメールは書かない
2、好きだ好きだと連呼しない
3、いちゃつくような内容は書かない
4、すぐに返事を書かない
5、メールのやりとりは、1日5往復までとする
6、こちらから何かしたいと要求を出さない
7、誰かに犀川君とのことを話さない・相談しない
8、犀川君は恋人ではないと定義する
9、バランスをとるためにハヤテへの恋をやめない
10、新しい恋を探し続ける

これを実行しよう。容易ではないが、できない話でもない。
夢中になりすぎては、やはりみじめだ。
揺れているくらいの方が、余裕があってくよくよしない。

そんなことを決意していたら、
ハヤテがまた「腹が減った」とメッセで話しかけてきた。
続けて「会いにいくぞー」と言い出したので、
「私に?」と聞いたら、「○○さん(=男先輩)」と返ってきた。
そう、ハヤテがやってくる。
こんな時はハヤテのノーテンキさが救いだ。

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海の見える駅

犀川君と海の見える駅に行った。
頻繁にメールをやりとりして、甘い言葉を重ねていたら
互いに無性に会いたくなった。
当初は来週末に会う予定を立てていたのだけれど
急遽、「明日会おう」ということなった。
犀川君は仕事と私用で予定があったのだが、
合間の時間を私と会う時間に充ててくれた。

「近いんですけど、静かでいいんですよ」
海が見える駅に行きましょうと言った犀川君の説明だ。
降り立ったら、鄙びた駅から海が見える。
思ったよりも日差しが強くて暑かったが、
時々吹き抜ける潮風がさわやかで気持ちいい。
見れば向かいホームに、味のある待合室がある。

「あ、なんとも風情のある待合室だね」と言うと
「行ってみましょうか」と犀川君。
2人して、その待合室に入ると、
日差しがない分、ほどよく涼しく気持ちがいい。
他に誰もいない。

椅子に座ると、犀川君がガイドブックを取り出した。
「今度、どこ行きましょうか。てか、食べたいものがあるんですよ」
少し照れた顔をして犀川君が本を開く。
本をのぞこうとしたら、犀川君の腕に私の腕がくっついた。
すると、「はい」と言って犀川君がまた手を差し出した。
照れながらその手を握ると、
犀川君がじっとこちらを見る。
恥ずかしいのでやめてくれ、と
自由な手で犀川君の顔の向きを変える。
それからずっと1時間ほど、
誰もいない待合室で手をつないだまま、旅の予定を立てた。

途中、眠くなってきて、
頭を犀川君の肩にあずけて居眠りした。
私の頭に犀川君が頭を寄せてくる。
なんか、幸せだな~とじんわり思いながら眠る昼下がり。

時間がきたので、そのまま電車に乗り込んだ。
空いていたので、席に並んで座ると
また犀川君が手をにぎってきてから、私の顔を覗き込む。
「あ、海!」と言って、視線をはずさせようとしたけれど
「うん、知ってる」と言って、こちらを見たままだ。
恥ずかしいけど、これまた幸せ。

短い逢瀬を終えて、駅で別れた。
その後の犀川君の予定は敢えて聞いていない。
「じゃ、また来週末に」と犀川君からメールがきた。
またきっと手をつなぐ。
そして二人の距離はますます近くなる。

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I love youと抱き締めたい

先日とは違い、前から牡蠣を食べに行こうと約束していた昨日。
仕事で夜の8時半には間に合わないと言い出したハヤテ。
「だったら無理することないから、延期しようよ」と言うと
「いや、絶対行く」と引かない。
そう、ハヤテは一度決めたら、滅多な事では取り消さない。
なぜ、そこまでして来るのか、理由は定かではない。

予定よりも1時間以上経ってから、ハヤテが「駅に着いた」と電話してきた。
女先輩が出て、「ミサトちゃんが迎えに行くよ」とハヤテに伝えた。
きっと、女先輩は気を遣ってくれたに違いない。
改めてハヤテに電話をすると、「ああ、腹減ったよ~」と甘えている。
ハヤテは今日も、相変わらずマイペースのハヤテであった。

すでに遅い時間だったので、カラオケに移動していた。
そもそも、ハヤテが歌いたいと言い出したのだ。
後輩君が「ミサトさんの『カムフラージュ』が聞きたいです~」と言うので
曲を入れると、「いいよね、これ」とハヤテがぼそっと言った。
後輩君がスマップの「Shake」を熱唱していたので、
「君もこういう恋ができるといいね」と言ったら
「俺、最近、こういう思いしてないな~」とハヤテがこっちを見てニヤリとした。
真意のほどはさっぱり分からない。
だが、少なくとも切ない胸騒ぎを感じてないということだろうから
間接的には、私にはやっぱり何の感情も持ってないのだろう。
今度はハヤテが曲を入れたら、画面に「I love you」と表示された。
「あら…」と思わずつぶやくと、
ハヤテがこちらを見てから、ふふん、と笑って「いいでしょ」と言った。

ハヤテは本当に歌が上手で、「I love you」が切なく響いた。
私の右隣で、甘いラブソングを熱唱するハヤテ。
誰を思って歌っているんだろう、なんてぼんやり考えても詮無いことだけど、
もしも誰かに捧げた歌ならば、捧げてもらえる女性が羨ましかった。

最終電車が近かったので、先に帰ると告げると、
「ええ!もう帰っちゃうの?」とハヤテが大げさに驚いた。
「だって、あんたが遅かったんだもの、仕方ないでしょう」と返すと
「だってさ~、俺、今来たばっかじゃん」と甘えた顔をした。
「最終なんだもん、帰る」と言うと
「泊まっていけばいいじゃん。俺、泊まるよ。そうだ、俺の仕事手伝ってよ」
ハヤテはいつだって、軽口で私を惑わせて、そして傷つける。
もう、迷わないと決めたのだ。
部屋は違っても、一緒に泊まったりなんかしたら
犀川君に合わせる顔がない。
「またね」と言って、振り切って帰った。

最終電車に揺られていたら、犀川君からメールがあった。
まだ会社にいて、仕事をしているという。
「会いたいな~」と思わず書いて送った。
何だか無性に人恋しかった。
ハヤテのせいなのか、犀川君のせいなのか、分からないけれど。
でも、今私が素直に甘えられるのは、犀川君だ。
だから、甘えてしまおう。盲目に。

「今、どこですか?」と犀川君から返事があった。
「夜を駆ける電車の中」と返すと
「追いかけて抱きしめたいなー」と返ってきた。
「抱き締めてほしいなー」と返すと
「今度会ったら、抱き締めたい」と返ってきた。
一度触れてしまうと、とりとめもない。

帰宅してからも、ずっとそんな甘ったるい会話を延々と続けた。
甘い甘い。全身の温度が上昇する。

ハヤテの「I love you」は切なかった。
だけど、犀川君の「抱き締めたい」はもっと切ない。
いいんだ、このまま、私は犀川君にどんどん近づくのだ。
それを選んだのだから、と思っていたら、
ハヤテがひょっこりメッセで話しかけてきて、
ノーテンキに「腹減った」とつぶやいた。

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手をつなぐ

犀川君と2回目のデートをした。
雪暮れの写真集を見せる約束をしていた。
だから、並んで座れる店がいいですね、と犀川君が言った。
並んで座れる店が思いつかなかったので、適当な店に入った。
巷には、並んで座れるカップルシートというものがあるらしい。
なんて、こっ恥ずかしいのだろう(笑)恥ずかしすぎて指定などできない。
でもいいなあと内心思っていたら、満席で、ボックス席に通された…残念。

向き合って座ると、やっぱり照れてしまう。
見つめ合っては、「何?」「何でもない」と笑い合う。
きっと、一緒の時空を共有できるだけで、今の私たちは十分なのだ。

雪暮れの写真集を広げたら、犀川君が
「並んだ方がいいな」と言って、隣の席に移ってきた。
距離が近づいて、鼓動が早くなる。
照れてしまって写真集に視線を落としていたら、
視界に犀川君の手のひらが現れた。
ん?と思って、隣の犀川君を見上げると、
照れ笑いしながら、「はい」と言った。
手をつなごう、という意味だと分かって、赤面してしまう。
最高に照れてしまったけれど、「はい」と言いながら手を握った。

犀川君の手はとても柔らかくて温かくて気持ちがいい。
互いにとても照れていたから、手を握りながらも
上下左右に動かしたり、指を伸ばしたり縮めたりとせわしなく動かした。
私の右手と、犀川君の左手。
しっかりつないでいたら、自然に寄り添っていて
私の右腕と、犀川君の左腕がぴったりくっついていた。
腕を通して伝わってくる犀川君の体温が愛おしい。
ずっとつないでいたかったけれど、
お店の人がお酒を持ってきたので、
「席戻るね」と言って犀川君が手を離した。
宙ぶらりんの私の右手。
まだ体温が残っているようで、余計に寂しい。
でも、残った体温が私を包んで、何とも言えない幸福感。

帰り道、並んで歩いている時に
ふいになのか、わざとなのか分からないけれど
何度も何度も犀川君と私の腕や肩がぶつかった。
手こそ握らなかったけれど、
腕や肩から伝わる体温は私を狂わせた。

別れた後、「また手つなぎましょうね」と犀川君がメールをくれた。
「うん、また」と返事した。
徐々に詰まっている二人の距離が何とも切ない。


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ファンタジスタ

流れ星はやっぱり、突然やってきた。
会社に行ったら、男先輩に「今日、○○さん(ハヤテ)が来るって」と言われた。
毎度のことながら、唐突である。
「何しに来るんですか?」と問えば、みな、よく分からない。
「一応、△△の件があるからねえ」…と、はっきりしない。

昼ご飯を食べて帰ってきたら、ハヤテからのメッセが残っていた。
「ミサトさん、ミサトさん、ミサトー!いませんか」
「…ひもじい○○(ハヤテ)でまいります」
なんのこっちゃ。どうやら、金欠状態で行くからおごってね、ということらしい。

いつもと違う場所で仕事をしていたら、内線電話が鳴った。上司からだ。
「ムシンしにお客さんが来たよ。会いたいみたいだよ」
「はあ?」
どうやらハヤテが到着したらしい…。
直後にメッセでハヤテが「ムシンムシン」と騒ぎ出す。
「どこにいるの?」とハヤテ。「別の場所」と私。
「おなかすいた」とハヤテ。「何しに来たんだ、君は」と私。
あれこれ話しかけてくるので、「分かったよ、そっち行くよ」と言うと
素直に「うん」としおらしい。ハヤテのいる部屋に行くと、私の席の
隣に座り込んで、こちらを見て笑っている。元気そうだ。
「何しに来たんだ」と改めて問うと
「ええ、仕事しに来たんだけどさ〜。腹へったな〜と」
「お金がなくてお腹がすくと、すぐに甘えてくるんだから」
「へへへ」と嬉しそうだ。

仕事を早々に終わらせて、ハヤテと男先輩と3人で飲みに行った。
「お金をおろしてから行く」と告げて、後から店へ行くと
「ワインでいいよね、頼んじゃったよ」とハヤテ。
「いいね〜」と言うと、男先輩が「似た者同士だな〜君らは」と笑う。
結局、ハヤテと2人で、ぐいぐい飲みまくり、1人1リットルずつ
飲み干してしまい、すっかり出来上がってしまった。

かなり酩酊していたので、何を話したのかは覚えていない。
ただただ、実に愉快で楽しくて、酒が大層進んだ。
やっぱり、ハヤテとは最高のコンビネーションだとつくづく思う。

「ミサトさんはファンタジスタだよね〜」と言っていた。
「あんたでしょ、それは!」と言い返した。
ファンタジスタという意味が分かるような分からないような
勝手なイメージで、それが、どこか浮世離れした凄い人、だと思ったので
どう考えても、ハヤテこそがファンタジスタだと思ったからだ。
ちなみに、ファンタジスタは最高の讃辞らしい(!)。

「ミサトさんはクラリスだよね」
クラリスとは「ルパン三世・カリオストロの城」に出てくる姫様のこと。
男性陣はとかくクラリスを夢みるが、あんな清楚で可憐な女性なんて
そうそういるはずもない!とさんざん否定していたら、何を思ったのか
ハヤテが「ミサトさんの中にはクラリスがいるよ」と言い出した。
「じゃ、これから『もし?もし? 泥棒さん』と君に話しかけてあげよう」
と言った後で、そういえば、ハヤテは私の心をすっかり盗んだんだわ…と
思って、ハヤテが何を思ってそう発言したのか…勘ぐってしまった。

「ハヤテとの旅は最高に面白かったなー」と言うと
「うん、また行こう。何がいいかな。探しておく」とハヤテ。
本当がどうか分からないけど…実現したら凄いな。

「ミサトさんは本当に外国人受けがいいから、海外出張に行く度に
ミサトさんを連れて行きたいって本気で思ってるんだけどね」
…連れてってくれよ。どこでもついてくよ。

「ミサトさん、最近さ、何だか楽しそうだね」
「うん、結構ね、幸せかも」
「ふーん」

前から言っている通り、ハヤテは本当に野生の勘がすごい。
どうやら、私の微妙な変化に気づいたようで、気になるようだ。
本当に、見事なタイミングでやってくる。
やってきては、私の心をかき乱して去ってゆく。
私の最高のパートナーはやっぱりハヤテだよな、と思わせるだけ思わせて…

ハヤテは本当にずるいと思う。
せっかく小さくなりつつあったハヤテへの想いが、また少し膨らんだ。

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両思い

ゆっくり、ゆっくり、丁寧に進む犀川君。
時々アクセルを全開にする私と、微妙に距離が離れてしまう。
何だか、無力感に包まれて、先週末はどうしようもなく孤独を感じた。
せっかく好きだと言ってくれる人がそばにいるのに
この孤独感はなんだろう。
贅沢すぎる悩みだとは分かっている。
それでも、恋のはじまりのスピードが合うか合わないかは結構重要だ。

急にはしゃいでいた自分が愚かに思えてきて
とたんにアクセルを離し、急ブレーキを踏み込んだ。
バランスをうまくとれない自分の不器用さにも腹が立ったが
こうなると自分でもコントロールができない。
ただただ、「ごめん」「頭を冷やす」「はい」…と言葉少なに
応えるのが精一杯で、犀川君が優しい言葉を並べたメールを
寄越す度に、空しさで心がいっぱいになった。
犀川君は、そんな私の変化にも、さほど慌てる風もなく、それでも
突き放したり、怒ったり、飽きれたりせずに、根気よく付き合ってくれた。
「いいんですよ」「ゆっくりいきましょう」「好きですよ」と
それはそれは温かい。私のわがまますら、吸収してしまう温かさ。
そうこうしているうちに、すっかり機嫌も直ってしまった。
一体、自分は何をしているんだか…orz
甘えているだけなのかもしれないが、なんて甘え方が下手なのだろう。

翌々日、タカ君がどうしても会ってくれとうるさいので仕方なく会うことにした。犀川君には余計な心配をさせたくないので黙っていた。

どうしても諦められないのだと、言葉少なにタカ君が言う。
ハヤテが好きだと聞いても、さほど辛くはなかったが
新しい人(犀川君)を好きになったと聞いたら、辛くて仕方ないという。
「そりゃ、どんなに私が○○さん(ハヤテ)を好きでも、
私とハヤテがどうにかなるなんて思ってないから余裕があったんだよ」
そう言うと、そうですね、と言う。
「どうして、僕じゃなくて、その人(犀川君)なんですか」と
タカ君はどうしても納得がいかないという。自分が今年に入ってから
もっと積極的に頑張っていれば、付き合えたんじゃないかと思うと
悔しくてならないと言う。しかし、タカ君は決定的な勘違いをしている。
たとえ、タカ君が積極的になったにせよ、私の心に彼の入り込む隙など
今やまったくない。そもそも、関心がまるでないのだ。それを痛感したのは
タカ君があれこれと私がこう言った、ああ言ったと思い出を語る度に
何一つ覚えていないと分かった時だ。「あれ、私、そんなこと言ったっけ」
タカ君には悪いけれど、私はついこの間まで、ハヤテで心があふれていたし
今は犀川君に夢中で、他の人のことは正直、ノイズでしかない。
「頑張れば何とかなったんじゃないかと思うんですよねえ」と言うタカ君に
「どうにもならなかったと思うよ」とはっきり告げた。
それでも、どうにも諦めきれないと粘られて、数時間にわたって
ファミレスで話を聞くはめになった。
「最後に、新しい彼とのことを考え直して、俺とのことを考えてもらう
ことは可能ですか」と聞かれた。「考え直すつもりはない」と即答し、
「新しい彼ときちんと歩もうと思っている。たった1カ月でこれほど
好きになったから、これから先はもっと好きになると思う。この気持ち
は揺るがない。誰も入る隙はないよ」
絶句しているタカ君には申し訳ないが、こんなところで変に思わせぶりな
ことを言っても仕方ない。かわいそうだけど…と思っていたら
「分かりました。でも、自分の気持ちは変わりそうもないので、今回は
わがままになろうと思います。俺が何しようと構いませんよね」
なんて恐ろしいことを言い出した。思わず、「刺されるのは困るなあ。
それに、新しい彼との歩みを私は止めるつもりは毛頭ないよ」と
ちょっときつめに言ってみた。さて、この先どうなることやら…

タカ君と会っている最中に、犀川君から二回メールがきていた。
タカ君がトイレに立っている間に、「大好きだ」と一言だけ書いて
返信した。その返事に、「寂しくなりかけていました(笑)」と
返ってきたのを見て、やっぱり事情を話すことにした。

犀川君は、「ふられる気持ちはよく分かるので複雑だけど、気持ちが
揺るがないと言ってくれたと聞いて本当にうれしいです。そういう事情
が分かった今、さっきの『大好き』は違う重みを感じます」と返ってきた。

そして、最後に、「ところで、片思いはもういいんですか?」と犀川君が
聞いてきた。片思い…それはハヤテのことだ。一瞬、ぎくっとしたが、
私はもう、犀川君と歩むと決めたのだ。だから、ちゃんと告げなければ。
「片思いの人は私を親友だと思っています。これまで密かに苦しんできた
けれど、新しい恋でようやく歩き出そうと思えるようになりました。これ
でやっと、片思いの彼とは親友になれると思います」と返した。

そして犀川君は「僕がその苦しみを全部取り除けるかどうか自信がない
けれど、心配しすぎてもね(笑)。こうやって冷静に話せるんだし、
少なくとも僕らは今、両思いですよ」と言ってくれた。

そだなあ、今は両思いだよなあ…しみじみ。
こんな風に言ってくれる人を、私はもっと大切にしなくちゃいけない。
ゆっくりゆっくり、大切に。そう心に決めた。

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贅沢な幸せ

犀川君とは、ある意味、順調に(?)進んでいる感じ。
相変わらず、初々しい雰囲気に包まれていて、なんとも微笑ましいような。
くすぐったい恋は、それはそれで懐かしく、時々、私を溶かす。
それでいて、何か自分を追い込むように、甘い言葉を投げ続けている感じ。

そんな中、ハヤテがメッセで話しかけてきた。
頻繁に犀川君とメール交換しているからか、
ハヤテと話したのは、随分と久しい感じがしてしまう。
犀川君に思い切り傾いているにもかかわらず、
やっぱりハヤテが相手だと、ゆるゆるとココロが緩む。
これはもう仕方のないことだ。
ハヤテとはやはり、仕事上の「戦友」だけあって
相変わらず、心憎い情報をもたらしてくれる。
今日も、私が新たに担当することになった仕事で
大いに役立つ、魅力的な情報をさらりと届けてくれた。
知ってか知らずか…この気の利き方は他の誰もかなわない。
やっぱり、私たちは仕事を通しての「親友」という形がベストなんだろう。

犀川君とはまったり甘酸っぱい恋を。
ハヤテとは揺るぎない信頼関係を。

思えば、これほど贅沢なことはないだろう。
幸せ、幸せ(笑)

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くすぐったい

今日も目覚めた瞬間から、犀川君とのメール交換が始まった。
好きだ、好きだと書く度に、どんどん好きが大きくなる。
そうやって自分を追い込んでいるような気もするけれど。
それでも、やっぱり、重ねるほどに、確実にココロは犀川君に染まっている。

今日は仕事が忙しかったとみえて、日中のメール交換はなかった。
寂しいなとは思ったけれど、少し頭を冷やすにはちょうどいいと思い直し、
なるべく犀川君のことは考えないようにしていたら
夜になって「まだ仕事ですか?」とメールがきた。
ちょうど同僚と職場でおしゃべりをしているだけだったので
その旨を伝えると、「コーヒーでも飲みませんか」と誘ってきた。
思いがけないお誘いメールにドキドキしたけれど
会いたい気持ちはあったので、待ち合わせ場所に急いだ。

前回のように異常な緊張はせずに済んだが、それでもやっぱり
照れくささは十分にあって、手を振った瞬間、赤面していたと思う。
それでも、いざ隣に座ってしまえば、気が落ち着いてきて
1時間ほど、喫茶店でおしゃべりをした。

相変わらず、つまらなそうな表情はしていたけれど
それでも、照れたり、すねたりと、以前よりも表情が豊かになってきて
それを見ているだけでも愉快だったし、かわいいなと思えた。

仕事に戻る犀川君との別れ際、「今度、○○へ行きましょうね」と
言われた瞬間、なんだか妙に照れてしまって、耳の裏がくすぐったくなって
赤面してしまった。そんな私を見て、犀川君が笑っていて、
それを見たら、なおさら恥ずかしくなって真っ赤になってしまった。
いい年して、なんてこった…(苦笑)。

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未来

こりゃもう、すっかり私は犀川君にのぼせあがっている、
と言っても過言ではないだろう。
もう、このメール交換の頻度といったら異常だ。
以前のメールは、文通のような、どこか形式ばった話題中心のもの
だったけれど、今や感情をそのまま吐露しているものに変わった。
照れながらも、慎重になりながらも、臆病な二人はそれでも
言葉を重ねては深みにはまっていっている…というのが実情か。

あまりにも刹那的な発言をして、未来よりも今、といったような
ことを言ったところ、犀川君は「僕は未来も考えたいです」と
ちょっと哀しそうなトーンで返事をよこした。
そりゃ、私だって未来があったらいいなとは思うけれど
ずっと好きでいてもらう自信も
ずっと好きでいられる確固たる自信もない。
ある、とは言葉で言えたとしても、いつかそれが嘘になる日が
くることを、私はもう知っているからだ。

しかし、いつか嘘になる日を恐れて、寄り添う努力をせずに
逃げ腰のまま恋愛をするのはもうやめようと思った。
あの奥手でシャイで慎重な犀川君が、そんなことを言ってくれる
のだから、私も相応な態度で臨むべきだろうと思う。

だから、丁寧に愛そうと互いに誓い合った。
もちろん、どうすれば丁寧に愛するということになるのかは
まだまだ手探り状態だけれど。

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いまさら

久しぶりにハヤテに会った。もちろん、仕事で。
眼精疲労がひどかったため、メガネを掛けていなかったから
私の視界に映るハヤテは、ぼんやりしていた。
時々、見つめられているなあ、とは思ったけれど
そちらに視線を合わせても、合った実感がぼんやりしていた。
なんとも、今の私たちを象徴するような距離感だ。
犀川君と相思相愛だということが分かって以来、
初めて会うので、内心ドキドキしていた。
もしかして、心がグラグラっと揺れて
あっさりとハヤテにココロが戻るのではないか、と思っていたけれど
実際にはそんなことは全くなく、ココロは穏やかであった。
それよりも、現在、旅をしている犀川君からのメールの方が
はるかに私の関心を集めていた。
ハヤテとの会話は相変わらず、掛け合い漫才のようで
ココロはとても踊るけれど、それだけだった。
こんなものか、と思った。
自分で自覚している以上に、既に犀川君に夢中なのかもしれない。

夜、どうしても会いたいというタイシに会ってきた。
相変わらずピントがずれている男だと思った。
どうやら私に好意を寄せているようで、
ハヤテを諦めるなら、自分にチャンスがあるかと思ったようだ。
が、既に他に好きな人がいる、とはっきり告げたら
「それはよかった」と、大人な対応をしてくれた。ほっ
犀川君との経緯を説明している時に
「ハヤテ以外の人を好きになるなんて思ってなかったから
とても無防備な状態で犀川君と旅に出た」と言ったら、
「ミサトさんは無防備だよね」と言っていた。
そうか、誰に対しても無防備に映るとしたら問題だ。
以後、自分の言動を気をつけなければいけない。

犀川君は、旅先からこまめにメールをくれる。
友達と一緒だと言っていたので、「人恋しくないだろうから
メールはいいよ」と言ったのに、「人恋しくはないけれど、
ミサトさんとメールできないのは寂しいです」と健気な返事がきた。
まあ、私もメールが来ないのは、今やとても寂しいのだけれど。

やっぱり犀川君だな、なんて思いながら夜道を歩いていて
ふと、どうでもいいことに気がついた。
ミーティング中に、次回の予定を決めていたら、
偶然にも開催日が私の誕生日だった。
日付の話をみんながしている時に、私は内心「あ…」と思ったけれど
敢えて言うのも何だなと思って黙っていた。
するとハヤテが「その日は、誕生日の人がいるね」と
こちらを見て微笑んでいた。
冗談で「花束でもくれ」と言ったら、
「何の花がいいの?」と照れ笑いして聞いてきた。
思わず、「やっぱいい。どうせへんてこな花だろうし」と
あわてて断ってしまった。
今更ハヤテから花束などもらっても仕方ない。

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